子育ても遊びも車で15分圏内!コンパクトな町は好奇心旺盛な自分に合っていた
#おひとり移住 #お裾分け文化 #やりたいことが見つかる #カスタマイズ移住 #人混み嫌い #地域コミュニティ #移住女子 #自給自足 #通勤ラッシュから逃げたい
Q1. 移住のきっかけを教えてください。
出身は石川県の金沢市で、移住する前は東京都内に約12年住んでいました。
2016年夏に、ある離島で東北の子どもたちと関わるボランティアをしたのですが、その経験があまりに楽しくて、移住を考えるようになりました。情報収集するうちに地域おこし協力隊という制度を知り、募集している自治体に実際に足を運び始めました。全国13か所くらいの自治体(北は茨城、南は愛媛)を回ったと思います。私はそれまで小鹿野町のことを知りませんでしたが、当時の募集要項でこの町を知りました。
Q2. 小鹿野への決め手は何でしたか。
各地を回るなかで小鹿野町は印象的でした。
自然が豊かで人が優しい、そういう田舎はたくさんあります。でも、東京から100kmという立地でありながら、町内に電車の駅がなくて不便。交通の便が良くなくても、それ以上に、町民は楽しいことが大好きで、なんと年間200ものお祭りがある。合併前の地域単位の魅力がそれぞれ色濃く残り、宿場町だった時代から続く農村歌舞伎が今もなお町民の手によって受け継がれている。この町はとても個性的だと感じました。
2回目に訪れた時には「この町に住みたい」と直感しました。両神地区にある温泉に入ったときのこと。湯船につかっていると、お隣の60代くらいの女性とふと目が合いました。温泉から見える山があまりに美しかったので思わず「山が綺麗ですね…」と私が呟いたとき、その女性も「うん、綺麗だねぇ」とゆっくり頷いてくれました。その時にふと、山に抱かれて暮らす人々のおおらかさが伝わってきて、ずっと昔から知っていたようなその感覚に胸が熱くなったことを鮮明に覚えています。
「自然とともに暮らしてきた歴史がここにある」という想いが、移住の決め手となりました。そして、2018年7月から地域おこし協力隊として活動を開始させていただくことになりました。
Q3. 移住後の暮らしはいかがですか。
移住して生活圏がずいぶんコンパクトになりました。ふだんの買い物も、遊びも友達づきあいも、だいたい半径5~10kmくらいに収まるのです。それを窮屈に感じる人もいるかもしれませんが、昔から比較的、好奇心が旺盛だった私には心地よかった。思いついた時に知人がやっているお店に情報交換がてらランチにいく、その日の気分で車で15分の滝のスポットに行ってリフレッシュできる、風邪をひいた時は友達がおかずを持ってきてくれたこともありました。何週間前からレジャーの計画を立てるといった必要がありません。移住前後の生活費を比較しても、趣味・レジャーに使う費用が格段に減りました。逆に、電車には乗らなくなっても車生活なので交通費は変わりません。好みの暮らしを創っていけるかどうかは自分次第。
そして、移住2年目に、第一子である息子が生まれたのですが、子育てするには小鹿野は満足しています。育休中は孤独になりがちだと思いますが、ベビーカーで散歩していても近所の人はもちろん、見知らぬ人も話しかけてくれます。久しぶりの方と道ばたで会って、真っ暗になるまで2時間くらい話していたこともあります。
お隣の大家さんが飼っているやぎさんに草を食べさせたり、ハイキングコースとなっている四季の道を散歩したり、地域の行事に子連れで参加して色んな人と遊んでもらったり、田舎で子育てするメリットをたくさん感じています。デメリットは、同世代の子どもが近所にいない点でしょうか。
Q4.現在の仕事と、もし、移住者を受けいれる機会があれば教えてください。
2018年~2022年まで地域おこし協力隊として、移住相談対応や大学生のフィールドワークのサポート、県立小鹿野高校のサポートをしていました。その間にできた繋がりを活かして、現在は小鹿野町役場で地域交流支援員として地域間交流の促進に携わっています。『おがの・地域ネットワーク』という地域団体の横連携の事務局も始めました。尾ノ内渓谷の氷柱や両神山麓ダリア園、長留桜を守る会、限界集落である倉尾地区の高齢者コミュニティなどが参加しています。高校生が竹あかりを製作しライトアップすることがあるのですが、そのお手伝いをすることもあります。そういった活動に携わりたいといった方がいらっしゃいましたら、ご案内します!
Q5. これからやってみたいことはありますか。
自給自足に憧れ、畑を借りて野菜を育てたこともありましたが、外出することが多い私には向かないと気づきました。庭の草むしりで精一杯なのです。家庭菜園と薪ストーブは老後の楽しみにしたいと思っています。ただ、移住1年目にタイヤ交換は自分でできるようになりました。
今年の元旦、地元の石川県が地震に見舞われました。当時帰省中だった私たちは命の危険を感じましたし、「子どもを守るのは自分だ」という大きな責任を感じました。秩父地域は地盤が堅く地震には強いと言われていますし、幸い自然資源も豊かです。ということもあり、今年は、山で燃料になる薪を調達する、雨水をトイレに引くなど、「生きる力」をひとつでも身につけたいです。