秩父札所の「午歳総開帳」~法性寺の住職夫妻に聞く、札所巡りの楽しみ方と小鹿野の魅力

秩父地方に点在する34の観音霊場。これらを巡る「秩父札所巡り」は、日々多くの巡礼者に親しまれています。そして今年、12年に一度の節目である「午歳総開帳(うまどしそうかいちょう)」を迎え、3月18日から秘仏の公開が始まっています。小鹿野町内にも札所が2つあり、それぞれ31番の「観音院」と32番の「法性寺」です。今回は、法性寺の住職を務める荒谷さんと、結婚を機に千葉から小鹿野町へ移住された奥さまに、どのような思いで参拝者を迎えるのかや、札所文化の魅力、この町で暮らすことのリアルについて幅広くお話をうかがいました。

江戸から続く12年に一度の祭典。暮らしのなかに息づく「午歳総開帳」

ー今年開催される「午歳総開帳」について、その由来を教えていただけますか?

ご住職:そもそもなぜ「午(うま)年」なのかという点ですが、これには大きく分けて二つの理由があると言われています。一つは、観音様の眷属(けんぞく)、つまり、召し使いのような存在が「馬」であるとされていること。もう一つは、秩父札所が創設されたのが文暦元年(1234年)の3月18日であり、その記念すべき年がちょうど午年であったということです。

ー3月18日という日付にも意味があるのでしょうか。

ご住職:3月18日は、もともと観音様の「縁日」にあたる日なんです。ですので、総開帳が3月18日に始まるというのも、非常に理にかなった、歴史的な結びつきがあることなんですね。12年に一度、普段は閉じられている厨子の扉が開き、御本尊を直接拝むことができる。この行事は江戸時代から脈々と続いてきました。

私の家系でいえば、祖父が約100年前の昭和6年に小鹿野にやってきて、荒谷家として住職を務めるのは私で三代目になります。物心ついたときには、すでにこの「午歳総開帳」という行事が、生活の一部としてあたりまえに存在していました。

ー普段は閉じられている御本尊の扉が開かれるというのは、お寺にとってどのような意味を持ってきたのでしょうか。

ご住職:正直なところを申し上げれば、古くは「興行的」な意味合いも強かったのだと思います。今でいう「キャンペーン」のようなものですね。江戸時代、遠い江戸の町から秩父まで足を運んでもらうためには、やはり大きなきっかけが必要です。「12年に一度だけ、特別な観音様に会える」という触れ込みは、人々を惹きつける強い力を持っていたのだと思います。

「お船観音」と呼ばれる「法性寺」の奥の院

ー秩父札所34ヶ所のなかでも、小鹿野町にある31番 観音院と32番 法性寺には、どのような特徴があるのでしょうか。

ご住職:一言で言えば、「最も厳しく、最も秘境的」な場所だということでしょう。札所巡りというのは、30番台に入るとどこも険しさが増していくのですが、小鹿野の2つはその筆頭と言えます。まず31番の観音院は、296段もの急な石段を登らなければなりません。そして32番の法性寺も、本堂へ至るまでに80段ほどの階段があり、さらに「奥の院」まで行こうと思えば、標高差100メートルの山道を登ることになります。

ー道の険しさだけでなく、アクセスの面でも「秘境」ですよね。

ご住職:そうなんです。秩父札所の中で「バスで来ると最も不便なお寺」はどこかと言えば、おそらくうち(法性寺)でしょうね。観音院さんも大変ですけど。どちらも最寄りのバス停まで数キロありますし、バスの本数も少ないです。市街地にあるお寺は、生活圏のなかに溶け込んでいて参拝しやすい良さがありますが、小鹿野の札所はそうではない。まさに「山の中の霊場」という言葉がぴったりな、厳かな雰囲気を持っています。この不便さこそが、巡礼者にとっては「修行」としての深みを与えてくれる特徴でもあるのかもしれません。

御本尊のある観音堂

ー法性寺さんの特徴についても教えてください。

ご住職:奥の院へ行くには、先ほども言ったように標高差約100メートル、往復で1時間から1時間半ほどかかる道のりですが、そこからの眺めは絶景です。足腰に自信のある方には、ぜひ奥の院まで行っていただきたいですね。今回、総開帳で公開される「御本尊」は、奥の院へ向かう道中の観音堂にいらっしゃいますが、奥の院には「御前立(おまえだち)」という、秘仏の身代わりとなる仏様が安置されています。この奥の院の御前立は、安置されている足場(岩場)も含めて考えると、日本、もしかしたら世界でもトップクラスの大きさなのではないかと考えています。

「法性寺」奥の院の御前立

ご住職:また、奥の院への道中には「こんぴらさん(金刀比羅宮)」も祀られています。香川県の”こんぴらさん”は海の神様ですが「なぜこんな山奥に?」と不思議に思われるかもしれません。実は法性寺の奥の院は、その形から「お舟観音」とも呼ばれており、そのご縁で船乗りや海事関係者の信仰を集める”こんぴらさん”が勧請されています。

今年の総開帳に向けて、老朽化していた”こんぴらさん”のお社を新しくしているところです。また、2年前には山門も綺麗に修復しました。整えられた環境で、この12年に一度の機会をみなさんに迎えていただきたいと考えています。

ー札所巡りというと、「1番から順番に、すべて回らなければならない」というイメージがありますが、もっと自由な楽しみ方をしても良いのでしょうか?

ご住職:自由で良いと思いますよ。もちろん、1番から順番に結願(けちがん)を目指していただきたいですが、まずは気負わずに「自分の推しのお寺」を探す旅として捉えてみても面白いと思います。秩父札所は全部で34ヶ所ありますが、風景が美しい、建物がかっこいい、あるいはなんとなく落ち着く、選ぶ理由は人それぞれで構いません。うち(法性寺)は、自分で言うのもなんですが、山奥の秘境感や断崖絶壁の風景など、視覚的なインパクトは悪くない方だと思っています。

ーあえて小鹿野町以外の札所の中から、荒谷住職が個人的に惹かれる「推し寺」を挙げるとしたらどこでしょうか?

ご住職:そうですね、広くはない場所なのですが、20番の「岩之上堂(いわのうえどう)」は、とても素敵な雰囲気を持っています。個人の方が持っていらっしゃるお寺なのですが、ご自身の「お庭」として管理されているため、境内の隅々にまで手入れの行き届いた一貫性と深い愛情を見て取ることができます。

「岩之上堂」の観音堂
出典:フォトさいたま

ー札所を回るのに、おすすめの時期はありますか?

ご住職:3月18日から始まっていますが、早めに回られることをおすすめします。というのも、秩父の夏は非常に暑いですし、9月を過ぎると「もうすぐ終わってしまう」と駆け込みの参拝者さんが増えるので、非常に混雑します。12年前も、終わりの11月は大変な賑わいでした。小鹿野の札所は山歩きの要素が強いので、暑くなる前の新緑の時期、梅雨前あたりが最高に気持ちいいですよ。ミツバツツジなどの花々も綺麗に咲いていますし。

住めば都。「出かけるとバレる生活」も意外と悪くない

ーここからは移住してこられたという奥さまにも、お話を伺いたいと思います。以前、秩父の札所巡りをされたと聞きました。

荒谷さん:そうなんですよ。秩父の駅前でレンタサイクルを借りて回りましたね。夫が学生のころからの友人だったというのもあったので、その実家(法性寺)にも遊びに行かせてもらって。

ーそこからご縁あってご結婚を機に小鹿野に移住されたそうですが、遊びに来るのとはまた違う、移住に対して躊躇はありませんでしたか?

荒谷さん:今になって正直にいうとですね…最初はめちゃめちゃイヤでした(笑)。

札所巡りで来ていたので、地域へのイメージはなんとなく持っていたんですね。観光で来るには「素敵だな、癒やされるな」と思えるんですけど、いざ「ここに住む」と冷静に考えたときに「え…コンビニまで何キロあるの?」という衝撃の方が大きかったです。車の免許についても、持っていたもののペーパードライバーに近い状態だったので、「どこにも行けない、どうしよう」という不安からのスタートでした。

ご住職:でもね、法性寺のある長若地区は、小鹿野でも「とばっくち(入り口)」だから、秩父市に近い便利な場所なんですよ。

荒谷さん:夫はこうやって「とばっくちだから」って言うんですけど、土地勘のない私からしたら、最寄りの駅まで車で30分かかる時点で「ええーっ!」って感じで。でも、それこそ「住めば都」です。車の運転を覚え、少しずつ行動範囲が広がっていくうちに、その不便さにも慣れていきましたし、地元の方とも少しずつつながってくると、次第に愛着が湧いてきました。

ー実際に小鹿野の人々と関わる中で、都会との違いを感じたエピソードはありますか?

荒谷さん:都会の良さの一つは「匿名性」ですよね。誰がどこで何をしていてもあまり干渉されないし、自由でいられる。でも、それは裏を返せば、隣に誰が住んでいるかもわからず、少し寂しいということでもあると思うんです。小鹿野への移住が決まった際に、親戚の親世代の人たちから「田舎では、車でどこかに行ったらすぐにバレちゃうんだよ」と脅かされていました。実際に、こちらでは皆さんが誰がどの車に乗っているか、あのナンバーは誰さんだ、というのを本当によく把握されています。

でも、それはネガティブなものではなくて「安心感」に近いのかなと思います。あるおじいさんに「最近あそこをよく通ってるな」と言われて、「あ、お寺のお嫁さんだったんかい」なんて会話に繋がったり。自分が誰かの目に留まっているということは、そこに「見守り」があり、「今日もあの人は元気で働いているな」と誰かが思ってくれているということでもあります。このような、顔が見えるある意味クローズドなコミュニティで暮らすのは、意外と居心地が良いものです。

ー町民の方はいろいろと丁寧に教えてくれますよね。

荒谷さん:それで思い出すのは秩父弁のイントネーションですね。私は最初、秩父外の人に多いイントネーションで「オガノ(⤴⤴⤵)」とか「チチブ(⤴⤴⤵)」と語尾を下げて呼んでいたんです。そうしたら、近所のおばさまが「最初だから教えてあげるね」って。「小鹿野はオガノ(→→→)、秩父はチチブ(→→→)って平坦に言うんだよ。今のうちに直しておかないと、地元の人には気持ち悪く聞こえちゃうからね」と、私がこの町に馴染めるように優しく教えてくれたんです。あの時教えてもらわなかったら、今もずっと「外の人」のままで、違和感を持たれ続けていたかもしれません。

今では、Laviewに乗ったときの英語アナウンスが「Next station is ヨコゼ(⤴⤴⤵)」って言ってるのを聞いてソワソワするようになりました(笑)。

子どもが保育園の先生から秩父弁を教わってきて、家で「〜だで」なんて言っているのを見ると、本当にかわいいなと思います。自分自身も、「行く」という言葉を標準語のパキッとした発音ではなく、少し濁らせて「いぐ」と自然に言えた瞬間があって。その時、「あ、私も少しは秩父の人間になれたかな」と、少し嬉しくなりました。


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