「楽しい」が人をつなぐ。ペタンクでつくる、倉尾の新しい地域のかたち——
2025年初夏、小鹿野町・倉尾地区。木々に囲まれた広場のすぐそばには清流が流れ、絶え間ない水音が耳に心地よく響いています。まだ夏本番になる前の、緑がまぶしく元気な季節。思わず深呼吸したくなるような空気の中で、鉄球の落ちる「ドスッ」という音と、地域の人の笑い声が交差していました。
「ペタンク」※1というフランス生まれのスポーツを楽しむのは、この地域で暮らす人々。年齢も経験も関係なく、誰もが真剣に、そして心から楽しんでいる——そんな空間でした。
今回はこの地域の交流の場をつくった淺香繁さんと、初めて参加した移住者の松田(地域おこし協力隊)が、地域のこれまでとこれからを語ります。
※1 ペタンク 地面に置かれた「目標球」に向かって金属のボールを投げ、どれだけ近づけられるかを競うスポーツ。

「孤立してる人が多い」と気づいて
——出発点は、ひとり一人の暮らしに向き合うこと
松田:今日は本当に楽しい時間でした。息子も初めてペタンクをやらせてもらったんですが、思いのほか上手くて。投げる時は1人ずつだから、そこにいるみんなから注目されますが、重たい鉄球を持っても臆せず、狙いを定めて投げる姿に少し驚きました。良いところに投げられた瞬間、周囲から「やった!」「すごいね!」と声が飛び交い、本人も照れながらもどこか誇らしげな顔をしていました。勝ち負けに本気だからこそ、活躍がきちんと評価される。息子なりに“役に立てた”という感覚を得られたことが、何よりの自信になったようでした。ちなみに親の私の方が下手でした(笑)

淺香さん:
良かったです。子どもが来ると、場の空気がふわっと和らぐんだよね。ペタンクみたいに、誰でも一緒に楽しめる場があると、自然と人が笑い合えるようになる。でも、そういう場がなければ、関係ってどんどん薄れていくんだよ。
実際、この辺は小鹿野でも特に高齢化が進んでいます。小学校も一番最初に廃校になりました。私がお宅を一軒ずつ回ったときも、思ったよりご近所同士のつながりがなくて。別に仲が悪いわけじゃないんだけど、“ただ関係がない”っていう状態が多かったんだ。
松田:関係を持たないまま、年を重ねていくと、やっぱり孤独感って強くなりますよね。
淺香さん:
そう。「このままじゃ、誰とも話さずに一日終わっちゃう…」みたいな人が増えていく。なんとかしたいと思って、役場とか社協とか回ったんだけど、「地域づくりってどうやればいいんですか?」って聞いても、誰も答えられなかったんだよ。
「楽しい」がテーマの地域づくり
松田:でもそこから、よくここまで人を巻き込めましたね。
淺香さん:
2016年に「こじか筋力体操」※2の研修があってね。それが大きなきっかけだったんだ。「これなら、地域を元気にできる!」って、心から思った。どうにか始めたくて、「迷惑はかけません、道具は全部自分で持ち込みます」と、できる限り負担をかけずに進められるよう、何度も足を運んでお願いしたんだよ。
※2 こじか筋力体操 町が推進している介護予防体操。簡単ですが、ゆるーく、ちょっとキツイ体操は筋力アップに効果的。町内に15カ所の通いの場があり、年間400人以上の方が参加しています。
松田:それで参加者が集まったんですね。
淺香さん:
うん、最初から8割以上の家が出てくれた。そこからは早かったね。「健康寿命を延ばそう」「助け合える地域にしよう」っていう話をして、地域の人たちと勉強会もした。身体に良いとわかっていても、楽しいことじゃないと続かないと思って、「ペタンク」を取り入れたんです。昔お客さんと大会をやってたこともあって、面白さは知ってたんだよ。遊びだけど、ちゃんと体も使う。うちの活動のテーマは何と言っても「楽しい」ですね。楽しいって本当に大切なことです。

松田:実際、皆さん本当に真剣でしたよね。子どもだからといって遠慮されることもなくて、勝負の世界にしっかり入れてくれる。その真剣さもまた、気持ちよかったです。私もやる前は正直、「年配の方向けの穏やかなレクリエーションかな」と思っていました。でも実際にやってみると、想像以上に奥が深くて、特にベテランの方々の腕前に驚かされました。コントロールや力加減、状況判断の鋭さまで、積み重ねてきた経験の重みが大切なんですね。気づけば私自身も夢中になっていて、終わるころには、すっかり皆さんの姿に尊敬の気持ちが芽生えていました。

「集まるきっかけ」が、人生を変えることもある
松田:参加者の中には、一人暮らしの方も多いですよね。
淺香さん:
うん。去年までは良く来てくれるメンバーが20人くらいはいたけど、今年は15人。介護施設に入ったり、亡くなったりして、どうしても減っていきます。寂しいですよ。
でもね、去年のお花見で、独居のおばあちゃんが参加してくれたの。参加した1週間後に亡くなったんだけど、そのお葬式で、ご家族の方が言ってくれたんだよ。「『みんなのおかげで毎日楽しい』って言ってました」って。面識なかった人なのに、そう言ってくれて…やってよかったなって思ったよ。
松田:週に1回でも「会える日」があるだけで、心の支えになりますよね。
淺香さん:
人生って、やっぱり最後は「ひとり」になる時間が来るんだよね。配偶者を亡くしてから、家にこもってしまう人、すごく多いの。「絆が大事」と言われるけど、それがいつの間にか“しがらみ”に感じられて、都会に出ていく人も多い。でも、都会は人が多くても、それぞれがバラバラで、仕事をリタイアした瞬間に孤立してしまう。
実は田舎だって、放っておいたら同じことが起きます。
でも、この場みたいな「今日はここで誰かと会える」「笑える日がある」って思えるだけで、人は全然違うんです。
実際、私たちの地区でこんなアンケートを取ったことがあるんですよ。
- あなたの健康寿命は伸びていると思いますか?
- 助け合い・支え合いはできていますか?
- 住んでいて「楽しい」と思えますか?
この3つの質問、答えてくれた人が全員「はい」だったんです。100%。
それを見て「ああ、ちゃんと届いてるんだな」って。こういう“楽しい”の積み重ねが、人を孤独から救っていくんだって、改めて思いました。
松田:その通りですね。素敵な取り組みに対する思いをお話しいただき、ありがとうございました。
最後に(松田より)
淺香さんのお話を聞いて、幸せとは何か、人生の最後にどう在りたいかを考えさせられました。
この地で私が今日見せてもらったのは、華やかではないけれど、確かに心が満たされるような時間でした。
それを少しずつ積み重ねていくことは、一つの確かな「しあわせのかたち」なのかもしれません。
ペタンクを通じて、息子と一緒に地域の輪に加わったとき。子どもだからと遠慮されることもなく、真剣な勝負の中に自然と受け入れてもらえた姿が、今も記憶に残っています。
休憩中、「これ、うちの庭にも生えてるんですよね」と尋ねた植物を、「茗荷(ミョウガ)だよ」と笑って教えてくれた人がいました。茗荷竹の食べ方や、他の植物の話もしてくれて、「他にも何かあったら聞いてね」という言葉が、なぜだか忘れられません。
そうやって人と人のあいだに自然に交わされるやさしさが、この土地の魅力なのだと思いました。
移住前は、子どもが誰かと関わったり、自信をつけたりするために、スイミングやお絵描きなどの“習い事”にお金を払って通わせていました。もちろん、それも充実していました。でもこの日は、何かを「習わせた」わけでもないのに、息子は人の輪の中で自然と認められ、笑って、役に立って、そして自信に満ちたとても良い顔を見せてくれました。帰りの車でも「また行く!」と意欲を見せてくれました。こんなふうに、人と笑い合える日を大切にしながら、これからもこの地で時間を重ねていけたらと思います。
撮影・取材・執筆 松田遼