秩父郡小鹿野町小森で行われている「間庭の甘酒祭り」は、始まってから400年近く続けられている祭りである。集落の八坂神社に祭られている天王様(牛頭天皇)に甘酒を奉納し、無病息災を願うのだ。
埼玉県でもいくつかあった“麦の甘酒祭り”だが、その多くが無くなっている。いまでは、歴史のある小鹿野町の指定無形民俗文化財となった“間庭の甘酒祭り”が残っているだけだ。その古くから受け継がれている祭りが、コロナ流行での自粛や人手不足、麹店の閉店などの理由により2019年から開催をやめていたという。今年は、6年ぶりの開催となったのだ。
筆者も祭りに参加。麦で作られている甘酒を頂きながら、集落の人の思いや、専門家の視点から考える、甘酒祭りの重要性についてなどのお話を伺うことが出来た。
先祖から受け継がれた、甘酒づくりの役割分担
ー甘酒作りは何軒くらいで行っているのですか?その役割はどのように決めているのでしょうか?
「昔から先祖代々に渡り、分担する家は決まっています。現在は、7軒で甘酒作りを分担しています。」そう質問に対して答えてくれたのは、間庭生まれ間庭育ち70年以上この場所で暮らしてきた石田良男さん。
ーどのような工程や役割があるのですか?
「まずは甘酒の素となる押し麦を集める役が1軒、その集めた押し麦を蒸かす役が3軒、麹寝かしの役が1軒、最後に甘酒をかき混ぜる役が2軒です。」
ーそれぞれの家庭で作業を行っているのですか?
「昔は、それぞれの家でやっていました。しかし夜中に作業をする工程もあるので、今は協力しながら行っています。」
分担している家は決まっているが、作業場所などの変更をするなどして、なるべく負担を軽減させているのだと言う。
ーほかの人は当日参加ですか?
「のぼり旗を設置したり、仕込みがあるので、前日から準備や接待などを手伝ってくれています。」
役付きのない集落の人も、協力的であるため、祭りの前日に集まるのだ。筆者は、台所で機敏に動く女性の人たちが気になったので石田さんに聞いてみた。
ー調理や接待を行っている女性たちも地元の人なのですか?
「台所番や接待の手伝いは、お祭りの運営や準備を仕切る役人の奥さんたちが担当しています。鍋料理の野菜や肉を切る作業、祭りに訪れたお客の接待をしてくれます。」
「甘酒だけでなく、出来立ての美味しい鍋料理や飲み物を振る舞うことも、女性の大切な役目。役人の奥さんや、そのお姉さんなんかも手伝いに来てくれるから、接待は任せちゃってるんだよ(笑)」と石田さん。
「来てくれる人が楽しく話をして、笑顔で“ごちそうさま”と言ってくれると嬉しくなるなぁ」と笑いながら話してくれました。
アットホームな “おもてなし”だけでなく、陰で支えている、女性の活躍も印象的だった。
子ども時代の思い出と歩む、甘酒祭りへの想い
ーお祭りの準備は前日から行っているのですか?
問いかけに「会場の準備は前日の朝8時に集合して始めます。」と答えてくれたのは、地元で自動車整備工場を営む野田雅洋さん。仕込みの準備は10時頃から始めるという。
ー甘酒の仕込みはどのような工程で行われていますか?
「大麦を、ご飯を炊くように炊いていきます。全部で4回ほど炊いたら、扇風機で冷やしていくんです。冷たくなった大麦に、麹菌を入れて一緒に混ぜ合わせます。」
始めは取材に対して照れていた野田さんが、分かりやすく仕込みの工程を説明してくれた。
ー麹は自分たちで準備しているのでしょうか?
「そうですね。これまで仕入れの時に利用していた小鹿野町にある麹店が閉店してしまい、今年はどこで入手しようか相談しました。今はインターネットでも購入できますが、やはり地元産を使いたい思いもあります。皆で相談した結果、今年は同じ秩父郡である皆野町の麹店で購入することに決めました。」
初めてのお店で購入した麹が、どのように仕上がるのかという心配もあったそうだ。
ー今年の甘酒の出来具合はどうでしたか?
「今年は、仕込みの段階から良い具合に発酵していました。飲み口も甘く、大成功だと思います。皆さんにも喜んで貰えて良かったです。」
甘酒は午前中は甘いのだが、発酵が進む昼過ぎには辛口になり、夕方には酸っぱくなるという。
ー間庭の甘酒祭りの開催が6年ぶりだとお聞きしました。
「コロナ禍で5年ほど自粛していました。そのあと1年は、それぞれの家庭事情や人手不足により出来なかったんです。」と寂しげな表情を見せる野田さんだ。
「ダメかなと思っていたのですが、秩父市荒川で行われていた“甘酒祭り”が終わってしまい、埼玉県で唯一残っている麦の“甘酒祭り”が間庭と言う話も聞いたので、途絶えさせられないなという思いがありました。」
埼玉県内でもいくつかあった“麦で作る甘酒祭り”は、人手不足などの事情で開催できず、その多くが途絶えている。集落単位で実施しているお祭りは残っているかもしれないが、指定文化財となった麦の甘酒祭りでは、今は間庭の甘酒祭りが最後なのだ。
ー子どもの頃からずっとあったお祭りだったんですよね?
「ありました。自分たちが子どもの頃は、太鼓やカラオケ大会・出店も2軒ほど出ていたんです。当時は子どもの人数も多く、甘酒を神輿にして集落を回ったりもしていました。夜は打ち上げ花火もあって、祭りを毎年楽しみにしていました。(笑)」
野田さんは、少年に戻ったような笑顔で当時の思い出を語ってくれました。
ー地元に根付いている大切なお祭りを、なんとかして存続させていきたいですね。
「そうですね。子どもたちが、祭りだからと言って戻ってくることも少なくなっているので、人手不足は否めないです。しかし、祭り見物や遊びに来た人たちが手伝ってくれることもあります。集落の人間だけでなく、外部からの協力も得ながら“指定文化財”のこの祭りを残していきたいですね。」
確かに集落の人たちだけでは、人手不足になってしまう。外部の方が手伝いに来てくれれば、人員確保ができ祭りが存続できるのではないかと筆者も考える。
お祭りはコミュニケーションの場として重要!
「お祭りは、近い範囲の人たちの集まりだけど、どの地域も人が減ってきていると思うんですよ。」この集落には欠かせない、若手の守屋友晴さんは言う。
ー守屋さんにとってお祭りはどのような存在ですか?
「大切なコミュニケーションの場ですね。準備や本番など、みんなで集まって協力して何かをするからこそ会話が生まれる。人が減ってきていると、近所の人でも挨拶や人の家に寄って話をする機会が減ってきてしまいます。大変なこともありますが、お祭りがあるからみんなで集まり、色々な話ができるのです。自分にとってお祭りは、大切な存在になっています。」
確かに仕込みや祭りの準備など大変なことはあるが、お祭りが無くなると近所の人と会話する機会も減ってしまうのではないかと筆者も考える。
ーお祭りがあると、年に一度は顔を合わせて楽しく過ごせますよね
「そうなんです。このお祭りが途絶えてしまうと、本当に近所の人とも疎遠になってしまうので、余計に寂しくなってしまうと思います。お祭りがあることで、近所の人とも家族のように楽しく過ごせる時間があるのです。だから細く長くで良いから、このお祭りを存続させていきたいという思いが強くあります。」
コミュニケーションの場として、お祭りが“重要なポジション”であるのかを守屋さんが教えてくれた。
ー間庭の甘酒祭りは、遊びに来た人も一緒に楽しめるお祭りですね
「そうですね。規模は小さいけれど、アットホームなおもてなしが喜ばれています。来てくれた人には、甘酒だけでなく集会所で食事や飲み物をふるまいます。集落の人だけでなく、来てくれた人も一緒に祭りを楽しんでくれたらいいなと思っています。」
筆者がお邪魔した日も、美味しい甘酒や鍋・飲み物を頂いた。集落の皆さんの人柄も良く、不意に訪れた来客にも優しいのだ。守屋さんが言うように“アットホームなおもてなし”がとても印象的だった。
専門家の視点でみる夏祭りと甘酒の関係性
最後に、お祭りを取材していた「埼玉県立 川の博物館」の学芸員、板垣さん(専門はカビ・きのこ・酵母などの菌類)にお話を伺ってみた。
ー専門的な視点からみて、このような文化を残す意義とは何でしょうか?
「発酵食品が使われるお祭り自体が珍しいのです。このようなお祭りが減ってしまっていることは、非常に残念なことですが、出来る限り残してもらいたいという思いが強いです。」
言われてみれば、手作りの甘酒を奉納するお祭りは珍しい。歴史も長く、それぞれの家庭で協力しながら行っている甘酒祭りは、筆者が取材する中でも初めてだ。
ー麦で作られた甘酒が夏のお祭りで振る舞われるのも珍しいですよね。
「そうですね。甘酒は冬の温かい飲み物のイメージが強いですが、江戸時代ごろまでは夏の飲み物だったんです。栄養価の高い物や甘いものが、なかなか手に入りづらかった時代に穀物と麹カビの発酵力を使って栄養豊富な甘酒を作り、夏バテで体調を崩しやすい時季に飲んで滋養強壮をしようと考えたのでしょう。」
ー神様に無病息災を願うとともに、自分たちも栄養価の高いものを口にしていたというわけですね。
「お酒は神事に欠かせないものです。お酒が出来る前段階の甘酒は、栄養価が高い上にアルコールをほとんど含まないので、子どもを含む家族みんなの健康を祈願する夏のお祭りには欠かせなかったのではないかと感じています。」
板垣さんは菌類の専門家の視点で、夏祭りと甘酒の関係性を教えてくれた。また、川の博物館(大里郡寄居町)では『埼玉の食と菌類』をテーマにした企画展が秋に開催されるそうだ。
「秩父地方で食べられてきたキノコや、県内のお酒・醤油・味噌などの発酵食品を紹介します。また、麹カビと酵母による発酵のしくみなども紹介する予定です。」
企画展の開催期間は、10月4日(土)〜12月7日(日)までの約2ヶ月間。そこで、間庭の甘酒祭りも紹介されるのだ。筆者は、甘酒をつくっている麹カビの視点から“間庭の甘酒祭り”を見ることも楽しいのではないかと感じた。
取材・執筆:田部井斗江
写真:芦田央
埼玉県立 川の博物館「かわはく」公式サイトはこちら