小鹿野産の酒米から小鹿野産の日本酒へ:お米づくりと町の農業支援

小鹿野町で生産された酒米「美山錦(みやまにしき)」から作られた、特別純米酒の「両神山(りょうかみさん)」が本数限定で発売された。リンゴ酸酵母を使ったフルーティな味わいが人気となり、次の発売を楽しみにしている町民も少なくない。

この酒造りの根幹を支えたのは、酒米生産者の茂木延夫さんと、生産支援の施策にも尽力された町議会議員の加藤喜一さん。今回は、お二人に酒米づくりについてや、小鹿野におけるお米作りの現状などについて幅広くお話をうかがった。町の支援制度などとともにご紹介していきたい。

—まず、日本酒を造るには、どのくらいの量の酒米が必要なのでしょうか?

茂木さん:1ロットにつき1トンというのが目安になっていて、そこから米を削って、550キロほどを酒米として使います。酒蔵さんも商売だから、初めて作る酒が売れるかどうか、当初は不安もあったと思うよ。でも蓋を開けてみれば、思ったより買っていただいて。町の人の評判も良かったし、あれは嬉しかったね。

― 酒米づくりの支援制度を立ち上げられたそうですが、これは加藤さんの働きかけがきっかけだったのでしょうか。

加藤さん: 米の価格は、最近は多少値上がりしていますが、酒米は基本的に食用米に比べて買い取り価格が低いものです。これでは「酒米を作ってみよう」と思う人は増えないなと。そこで、「小鹿野町の特産品としても本格的に栽培していきたいので、支援体制を整えてほしい」と、町の産業振興課へ働きかけを行いました。

解説

小鹿野町では、酒米(酒造好適米)を生産・販売する農業者に対し補助金を交付している。町内に住所があり、町税を滞納しておらず、町内の水田にて酒米の生産・販売をする意思のある人が対象だ。補助金額は、酒米生産面積1アール(=100㎡)あたり2,000円(1,000円未満切り捨て)。

—日本酒「両神山」製造にあたって、どんな品種の酒米を作ったのですか?

加藤さん: 有名なのは獺祭とかに使われている「山田錦」だけど、今回私たちが選んだのは「美山錦」という品種です。栽培が難しいんだけど、麹を造るには良い酒米なんだよね。

まず収量が少ないし、それに普通の稲より背丈が25〜30センチくらいも高い。そうすると、実ってきた時期に強い風が吹くとかんたんに倒れてしまう。コンバインで刈り取る際も脱穀機に収まらないほどの背丈で、扱いが難しいのがあまり作られない理由だろうね。色んな事情があって、今年は1トンに達しなかった。

—私も、今年初めてお米作りに挑戦しました。何人かでやって白米で200㎏弱の収穫量でしたが、その5倍と思うとなかなかの量です。

茂木さん: 小鹿野産以外の酒米を混ぜて造るという選択肢もあったかもしれないけれど、やっぱり「小鹿野のお米」だけで作りたかった。でも、実はそもそも酒米の在庫はほとんどなくて。酒米は主食米に比べて買取価格が安くて、作る人がほとんどいないから。自分と加藤さんだけで1トンを確保するのは、なかなか厳しいのが現状だね。

だから、次の世代にどうやって繋げるかがやっぱり重要なんですよね。シンプルに市場での買取価格が高くなること、そして酒米に限らず、広く米作りを継承していくという意味では、「自分たちの食べる分は自分たちで作ろう」って思える人が増えること。秩父みたいな山間地域は畑を広く取れないから、農業1本で生計を立てていくより、どっちかというと食べる分は自分で作るみたいな方が合ってますよね。

写真奥:筆者の挑戦した田んぼ

—お米づくりをする人が少しでも増えると良いですが…

茂木さん: 水持ちがよくて用水路が近い、条件の良い田んぼが見つかればラッキーだけどね。

解説

小鹿野町には、田んぼに水を引き入れるための用水路が町内各地に通っている。その用水路の任意の場所をせき止めて水位を上げ、壁面にある排水管から田んぼに水を引き入れるという仕組みだ。筆者の住んでいるエリアでは、偶数日と奇数日に分けて町民が使用できるよう区分けがされている。せき止めていても溢れた水は下に流れ、下流区域に住んでいる町民も用水を使用できるが、当然ストレートに流れてくる分よりは水量が減ってしまう。お互い配慮しながら用水を使用するものの、タイミングが被ると欲しい時に「水が来ない」ということも起こり得るのが現状だ。

—小鹿野はもともと、稲作が盛んな地域だったのですか?

加藤さん: いや、この辺りはもともと田んぼが限られていて、川沿いに少しある程度だったから、あまり米作りをする風土はありませんでした。私が小学生の頃に「小鹿野用水」ができて。それまでは麦畑と桑畑ばかりでしたね。

—確かに、養蚕が盛んだったと聞いたことがあります。

加藤さん: 昔は米がない文化だったからこそ、「自分たちが食べる米は自分で作りたい」という想いが農家には強かったんだと思いますよ。

やっぱり、畑から田んぼにするっていうのは本当に大変で。当時、用水路をつくっていたときに、私の親世代にはユンボとか農業機械がなかったから、桑畑の木を1本1本みんな手で掘って平らにしていった。そのときの苦労を知ってるから、現代には便利な機械がいっぱいあって圃場もちゃんと整備されているのに、休耕田が増えていくっていうのは、見ていてちょっと忍びないなって。だからおせっかいで、ついつい空いてる田んぼを見ると作り始めてしまうんです。

—私も米作りを始めましたが、そのことを周囲に言うと「やってみたい」という声は多いです。

茂木さん:ただ、やっぱりいきなり初心者が始めるのは難しいので、そこはフォローが必要かなと。道具や機械の問題もあるし。トラクター、田植え機、コンバイン。年に10日ほどしか使わないのに、メンテナンスが大変な機械もありますから。

メンテナンスにもある程度の経験が必要で、我々の世代なら、故障しても「ああ、ここが悪いんだな」って見当がついて、その場で直せてしまうこともある。機械のトラブルでメーカーさんに電話をかけても、お互いに分かってるから話が早いし。あとは天候との相性の知識。田植えは雨でもできるけど、コンバインでの稲刈りは雨が降ったら絶対に無理、とかね。コンバインは濡れた稲の収穫は難しいからね。

—朝露がついた状態でも難しいと聞きますね。

茂木さん:小さい頃はさ、稲刈りの日は朝から竹棒を持って走り回って、稲を叩いて露を落としたんだよ。そうすると乾きやすくなるから、10時頃には刈り始められる。お米作りには天気もあるし、稲の都合もあるし、人間の都合にはいかないのが当たり前。だから、そこまでしてでもお米を作るっていう熱意がある人じゃないと続かないかもしれないですね。

—あくまで自然都合なので、9月の中旬以降は予定をなるべく入れないという方もいますね。

茂木さん:雨の日はちょっと嬉しいよね、休めるから。晴耕雨読。

—酒米づくりを引き受けた理由は何だったのでしょうか?

茂木さん: 単純だよ、加藤さんに「やってみないか」って頼まれたから(笑)。もう長い付き合いだから、一昨年「種籾を買ったから酒米を一緒に作るか?」って誘われてね。幸い、自分は機械も道具も持っていたし、ちょうど家の近くにいい休耕田もありました。自分のためというよりは、加藤さんの町議としての「町の産業に貢献したい」という想いに協力したかったのもあるし、あとはただ町のためになるならそれで良いかなと。

—移住者や、小鹿野に関心を持つ方々が手伝いに来るのは歓迎ですか?

加藤さん: もちろん。そういう人たちと一緒に、「自分で食べるものを自分で作る」という楽しみを分かち合いたいです。自分で種をまいたものを収穫して食べるというのは、最高の喜びだからね。

—ありがとうございました。


小鹿野町では、文中で紹介した「小鹿野町酒造好適米生産支援補助金」のほかにも、農協出荷や農産物直売所出荷を目的としている新規就農者などを対象に必要素材等を購入する際、 費用の一部を補助する「新規就農者等支援補助金制度」や、町の遊休農地等の解消及び有効活用を図るための「遊休農地等活用事業補助金」など、農業関連支援策を幅広く提供している。

また、貸農園「ふれあい農園」の利用も可能だ。こちらはプロ農家や小鹿野町民でなくとも借りることができる。年間3,000~4,000円(2025年12月現在)と非常にリーズナブルで、鍬・鋤・耕運機などの農機具も使えるうえ、町外在住で利用される方には「両神温泉薬師の湯」にて年間利用可能な割引券が発行される。興味を持った方は、ぜひ一度、小鹿野町に足を運んでみていただきたい。

【参考リンク】
小鹿野町酒造好適米生産支援補助金交付要綱
https://www.town.ogano.lg.jp/reiki_int/reiki_honbun/r232RG00001335.html

小鹿野町の農業関連支援策
https://www.town.ogano.lg.jp/nougyouhojyokin/

ふれあい農園
https://www.town.ogano.lg.jp/industry-bid-business/industry/ogano-nousan/kashi-nouen-annai/

道の駅 両神温泉薬師の湯
https://kanko-ogano.jp/spot/yakushinoyu/

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