野生動物と隣り合わせな、秩父盆地の小鹿野ライフ【鳥獣害対策】

秩父盆地にある小鹿野町(おがのまち)は、豊かな自然に囲まれ、多くの野生動物たちが生息している。「かわいい」だけにとどまらない動物たちは、時に人里に下りてきては畑に入り、農作物を食べてしまう。

農林水産省の「全国の野生鳥獣による農作物被害状況について(令和5年度)※」によると、野生鳥獣による全国の農作物被害額は164億円とそのダメージは深刻であり、都市圏と比較すると畑や田んぼの多い小鹿野町も、その例外ではない。

今回お話をうかがったのは、小鹿野町で鳥獣害対策に従事する星利彦さん。地域おこし協力隊として小鹿野町に移住、退任後は「けもの本舗」を立ち上げ、その代表を務めている。実際の対策の内容や、そもそもなぜ対策が必要となるのか、小鹿野町の生活の実態について詳しく聞いた。


都市圏に住んでいるとそもそも「鳥獣害対策」がどのような仕事なのか、イメージが湧かないという方も多いと思います。まずは星さんの仕事について教えてください。

基本的には仕掛けた罠の見回りです。可能な限り、毎日山に入ります。罠の周りに獣の足跡があれば位置をずらして捕獲率が上がるようにしたり、雨が降ると泥が固まって罠の反応が鈍くなるのでその修正をしたり、細かい観察と微調整を毎日しています。

動物が罠にかかると通知メールが届くといった新しいツールもありますけど、「山に来て現地を見る」ことをサボると、捕獲率はおそらく下がる。この仕事は、遠隔でやって楽をしていいものじゃないですね。

けもの本舗代表 星利彦さん

地域の見回りは、「集落支援員」として小鹿野町から委託を受けてやっている業務です。知り合いの農家さんや町民の方から直接依頼をいただくこともありますけど、罠などで「駆除」をするのは許可を得ている小鹿野町内だけになります。

当たり前過ぎる質問かもしれませんが、駆除には「許可」が必要なんですね。

狩猟免許を取得して、自治体に申請する必要があります。

申請時に、多くの場合は「ハンター保険」と呼ばれる保険の加入番号を記入する必要があるのですが、この保険は個人で加入できるものがほとんどなく、大日本猟友会に入会し、地元の支部を通して加入するのが一般的です。

私が支部長を務める小鹿野支部の場合は、加入してもすぐには「駆除」の名簿に入れません。1年間経験を積んでもらって、あらためて認可するという流れです。色々と厳しいルールがあって、守らないと「許可」が取り消しになることもあります。小鹿野町には猟友会の支部が5つありますが、許可を得ている人は全体で100人ぐらいいると思いますよ。

捕獲するための罠には、普段どんなものを使っていますか?

まずはアライグマなど、小さい動物を捕まえる用の「箱罠」。箱の中の餌に食いつけば、入口が閉まって出られなくなるという仕組みです。箱の中だけに餌があると警戒されるので周囲にもドッグフードを撒いたり、罠の餌を食べにくるネズミ対策でネズミ捕りも一緒に置いたりします。

もう一つが、鹿・イノシシ用の「くくり罠」。獣が通りそうなところに隠して設置しておき、踏むと作動して足をくくって捕まえるという罠です。

経験値がないと、設置場所の判断が難しそうですね。

獣は山から来るじゃないですか。よく見ると、その通り道に足跡とかラインみたいな獣道ができてるんですよね。見極めて、その上に設置する。

あとはちょうど罠のある場所を踏んでもらうため、罠の手前に木の枝を置いとくと、そこをまたぐことで踏む確率が上がります。落ち葉をどかしてわざと鹿の足跡っぽく作っておいたり、罠を足跡のある別の場所に移したり、日々の見回りの中でこういった調整を行うので、毎日山の中に入るというのは、やっぱり大事ですね。

野生動物が生息する山林と、人が住む領域との境界を「緩衝帯」というそうですね。

そうですね。耕作放棄地などが草ボーボーで、獣にとって良い環境になっていたところから、猟師さんなど人が手を加えていくと、徐々に人間のエリアに戻っていきます。

私が普段見ているこの辺りも、少し前までは畑のラインに沿った緩衝帯に罠を仕掛ければ動物がよくかかっていました。今はそのラインが、もう少し山の上の方に移動しています。というのも、ここの地主さんがちゃんと草も刈ってキレイにしてくれてるからです。

ここには農作物や柿の木もたくさんあるので、草対策をしていないとすぐにイノシシが来て掘り返すと思いますよ。ビワや柿など、庭に果樹があるお宅は要注意です。

私も自分の畑で草刈りをしていますが、作物への日当たりや風通し以外に、こういう意味でも大事なんですね。

大事です。草が生い茂ってるということは、獣にとって隠れるスペースがあるということですから。

自然農法の中には、その場所に自生している植物と一緒に野菜を育てるといった方法もありますが、これはやり方によってはあまり良くない手法です。獣にとっては隠れながら食べられる、絶好の「餌付けの場」になってしまう可能性があるということです。

自分の土地で周囲に被害が出ないよう管理してやる分には全く問題ありませんが、借りてる畑や共同の畑、すぐ近くに自分以外の畑があるような場合には、被害を与える確率を高めてしまうので、やめた方がいいですね。

罠による捕獲以外には、どんな仕事をしていますか?

ほかは農協や全農からの依頼で、畑や田んぼの周りに電気柵を設置するという仕事です。農協は秩父郡市(秩父市、小鹿野町、長瀞町、皆野町、横瀬町)全体を見ているので、小鹿野町以外でのお仕事の場合もありますし、電気柵のメーカーさんから直接お声がけいただくときは、その範囲は全国にまで広がります。

仕事の依頼がある際は、どのようにして星さんへ連絡が来るのでしょうか。

基本的にはまず、被害にあった方から小鹿野町役場に連絡がいきます。それが私の担当する業務やエリア内だった場合に、役場の担当者から連絡が来て、詳しい状況をヒアリングしていくという流れです。

その後「こういう対策をしましょう」と詳細を決めていきます。罠を仕掛けようとか、電気柵を設置しようとかですね。小鹿野町の農業に従事する個人・団体であれば、電気柵の設置に補助金が下りることもあります。

そして「捕獲」については、基本的に最終手段と考えてもらうようにしています。動物たちが山から降りてくる理由は、山より人里の方が手っ取り早く栄養価の高い美味しいものが食べられるからというだけであって、それを何でもかんでも「捕まえて」じゃかわいそうですから。

仰る通りですね。
鳥獣害対策に「繁忙期」はあるんですか?

ありますよ。3月から10月ぐらいまでは動物がよく出る時期で、去年はめちゃくちゃ多かったです。8月なんかはしょっちゅうイノシシが出ていて、朝7時くらいに連絡が来ることもありました。

野生の動物相手のお仕事なので、タイミングが読めないですね。

お盆とかお正月は関係ない仕事です。

旅行とかは行けないんですか?星さんの不在時に依頼があったら、帰ってくるのを待つしかないのかなと想像しました。

旅行は全然行けますよ(笑)。

「捕獲」はいずれにせよ帰ってきてからのヒアリング等によりますけど、「電気柵」の設置などは、個人で動いているので大きい会社よりも納期を早くできることが多いです。

例えば「今日見てくれ」ってお願いされたら、行って、畑の大きさを測って、見積もりを作って、その日の15時までに発注をかければ、翌日に資材が届く。設置したら終了です。大きいところに頼むと、電気柵の依頼から設置までに1ヶ月ぐらいかかるので、旅行の期間を計算に入れてもうちの方が早くなります。

小鹿野町に住むにあたっては、どんな対策が必要になりますか?

対策は3つあって、1つは動物を寄せ付けないようにするという「環境整備」。

畑の周りに、収穫残渣(野菜などを収穫した後に残る茎や葉)とか生ゴミを置いておく人が意外といるんですけど、これはNG。栄養価も高いし、お母さんが食べると子供をいっぱい産んでしまいます。

あとは放任果樹といって、柿、栗、柚子の木などを収穫しないで、実を落としたままにしておくことも動物を寄せ付ける原因になります。外に置くのペットのエサも気を付けたほうが良いですし、巣になってしまう可能性のある空き家を減らす、こまめに草刈りをするなど、地域の人で積極的に取り組むことが重要です。

それなら、自分でもすぐできそうです。

2つ目は「守る」。これは防護柵や電気柵、鳥よけのテグスなどですね。カカシとかもありますけど、効くのは最初だけで、動物が慣れてきちゃうのであまり効果はありません。

最後が「攻める」。こちらから捕獲しに行って頭数の調整をします。ジビエや革製品といった動物を捕った後の流通市場が大きくなれば、仕事として「狩猟」を頑張る人も増えてくるんじゃないかと思うのですが、現段階だと「狩猟」は、猟師さんたちが税金を払って楽しむレジャーです。猟期も11月15日~翌年2月15日と決まっています。

一方で「駆除」には期間がなく1年中できるので、生活していくのに、狩猟ではなく有害鳥獣対策に専念するという方も最近は多いです。私自身も「狩猟」というより「農家さんの被害を減らしたい」という気持ちでこの仕事に取り組んでいるので、引き続き鳥獣害対策に取り組んでいきたいと考えています。


※出典:農林水産省「全国の野生鳥獣による農作物被害状況について(令和5年度)」https://www.maff.go.jp/j/press/nousin/tyozyu/241227.html

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