高校を卒業するまで小鹿野町(おがのまち)で過ごし、パティシエになるための専門学校を卒業した坂本眞子さん。その後、さいたま市のパティスリーと川崎市元住吉のイタリアンバルで4年間勤務した後、小鹿野町へUターンしました。帰郷後は、国産小麦粉と北海道のバターを使用したクッキー屋(MA.COokie:エムエークッキー)をオープンし、季節のアイシングクッキーや30種類以上のフレーバークッキーを提供しています。地元で愛されるお店になっただけでなく、オーダー製のアイシングクッキーは、その高いクオリティから予約受付が終了になる月もあるほど。
今回は坂本さんに、Uターンからの起業プロセスや、地元産の素材を使ったクッキーの製作などについて、詳しくお話をうかがいました。

坂本さん作:小鹿野町ご当地キャラクター
「おがニャッピー」のアイシングクッキー
成り行きから小鹿野へUターン、地元で好きなことを仕事に
ー小鹿野にUターンしたいという気持ちは、最初からあったんでしょうか?
全く考えていなかったというのが、正直なところです。本当に勢いというか、特にお店を始める予定もなく、多くの方と同じように、たまに実家へ帰ってくる程度でした。
もともと父が、祖父から受け継いだ「坂本商事」という、従業員も割といる会社を経営していました。ただ、ウチの家系は男性が50代で大きく体調を崩すことが続いていて、父もそのことを気にしていたようです。50歳になった時、「会社を畳んで、これからは好きなことをしたい」と一念発起して、会社を整理することになりました。ちょうどそのタイミングで私も実家に帰省していて、「お前はこれからどうするんだ?」という話になったんです。私は川崎のイタリアンバルで働いてちょうど3年くらい経った頃で、夜型の仕事で生活も不規則だし、続けていくには体力的にも厳しく「どうしようかな…」と考えていた時期でした。
幸い会社が使っていた工場の跡地が空いていましたし、「私も何か新しいことを始めてみるか」「土地があるなら一度やってみてもいいのかな」と、考えるようになりました。それが、小鹿野に戻ることを考えたきっかけです。だから、父と飲みに行った時の流れで「あ、じゃあ私も帰ってくるわ」という、本当に軽いノリだったんです。
ー最初は、自分のお店を持つつもりでもなかったんですね。
そうなんです。むしろ「食」ではない仕事に就くことも検討していた時期もありました。でも家族から「せっかく専門学校で食の仕事を続けてきたんだから、もったいないんじゃない?」と言われて。そんなアドバイスもあって、結局また「食」に戻った、という感じですね。お店を開く後押しになったのは、「実家の工場跡地が使える」というメリットがやはり大きかったです。もし坂本商事が続いていたら、この場所は使えていませんでしたし、そうなると、自分で物件を借りてお店を始めるにはリスクが大きい。川崎で始めるには家賃が高いし、建物を借りるにも知識がない。向こうにいたら、今の仕事は始められていなかったと思います。
いろんなタイミングがちょうどよく重なって、小鹿野に戻り、結果的にお店を始めることになりました。「帰ってきたい」という強い想いがあったわけではないですが、今は「帰ってきてよかった」と心から思っています。

商工会との二人三脚で感じた、小鹿野ならではの“距離の近さ”
ー開業にあたっての補助金やサポートは、どのように受けられたのでしょうか?
西秩父商工会さんから様々なサポートをしていただきました。補助金(店舗改装にあたっての補助金:小規模事業者持続化補助金)が下りるかどうか分かりませんでしたが、不透明な状況のなかでも担当の方が親身になってくださって、一緒に事業報告書を作ったのを覚えています。「ここはこう書き直したほうがいいよ」とか、かなり細かい部分まで見ていただきました。もしこれが都心圏での開業だったら、ここまで丁寧に見てもらえなかったかもしれません。田舎の良さというか、良い意味で人と人との距離の近さがあるからなんだろうなと思います。
ー商工会での支援内容は、具体的にどんな内容でしたか?
私のときは、 中小企業診断士の方が来て、面接でいろいろとお話をする形式でした。当然ですが、事業計画がしっかりと構築されていないと補助金はおりません。面接は「座って会話する」くらいの雰囲気で、「どういう風に事業展開していくのか」「アイシングクッキーとは」などについて話し、さらには、販路や販売方法、売上見込みなどを細かくつめていきました。
当時、店内はまだ工場のままの状態で、会社のチャイムが流れ、床もペタペタで、とてもきれいとは言えませんでした。「なんとか絨毯で隠しながら営業してます」という現状を伝え、「もっと多くのお客さんに来てもらえるお店にしたい」という自分の想いを伝えたんです。

台所で見つけた、“こねる”楽しさ
ークッキーづくりは、小さい頃からしていたとか?
そうですね、母に教えてもらいながら、クッキー作りだけはずっと続けてきました。バレンタインやホワイトデーにはよくクッキーを作っていて、それが、今の仕事にもつながっていますね。
もともとおばあちゃんが台所でよくうどんを作っていて、小麦粉をこねる姿がいつも身近にあったことが影響としては大きいかもしれません。「こねる」という作業自体も、子どもの頃からずっと好きだったみたいで、おばあちゃんとはよく、うどんやすいとんを一緒に作りました。秩父の郷土料理の“つとっこ”なんかも、教えてもらいましたね。
ー“つとっこ”は、どんな料理なんですか?
小豆の入ったお米を栃の葉で包んだ、ちまきに似た料理です。ただ、立派な栃の葉が取れないと作れないので、その年に採れた葉の大きさによって、つとっこのサイズが小さかったり大きかったりします。茹で具合でも柔らかくなったり硬くなったりするので、おばあちゃんの好みもあって毎年微妙に変わります。食べること、そして料理をすることは、小さな頃からずっと続けてきたというか、特におばあちゃんからの学びは大きくて、自然にたくさん勉強させてもらっていたように思います。

ーそんな小鹿野町で、お店をやっていて良かったと思うポイントはありますか?
お客さんの幅がとても広いことですね。若い子からお年寄りまで、本当にいろんな年代の方が来てくれます。これは、アイシングクッキーってデザイン性が高い分、作るのに時間がかかるし、金額がどうしても上がってしまうんですけど、ご年配の方でも「こういう可愛いの好きなのよ」と言って買ってくださるんです。そういう“ふれあい”がたくさんあるのは、すごくありがたいですね。
小さな町ならではのつながり方もあると思います。最初は知り合いから広がって、その方のお友だち…という流れで、口コミがどんどん広まっていきました。「坂本商事の孫が何か始めたらしいよ」と聞いて、直接来てくださったり。

ふらりと訪れたお客さんに届けたい、小鹿野産の味
ー小鹿野産の小麦粉を使ったクッキーもあるんですね。
そうなんです。最初は秩父産の小麦粉しか手に入らなかったんですけど、やっぱり小鹿野産の小麦粉が使いたいと思いまして。農協でも確認してみたのですが、「ここ数年入ってきていない」という回答でした。それでも、色んなツテを使って調べていくと、割と身近な方が自然栽培で小麦を作っていることが分かったんです。まだ量はそこまで多くはないのですが、ウチで使わせてもらっているクッキーがいくつかあります。
ーやっぱり地元の材料にはこだわりたいですか?
はい、えごまやかぼすもそうですし、地元のお客さんだけではなく、観光客の方にも喜んでもらえるようにと思っています。やっぱり観光で来られていると、「小鹿野産の材料を使ったクッキーありますか?」と聞く方も多いです。お店の近くには旅館もあって、夕方にお店を開けていると明かりが目立つのか、ふらっと立ち寄ってくださる方が多いんです。そこから常連さんになることもあります。
この間も須崎旅館に泊まっていたおしゃれなご夫婦が来てくれて、「いろんな旅先で買ってきたけど、ここのクッキーは過去イチです。また小鹿野に来る理由ができました」と言ってくださり、本当にうれしかったですね。親戚に配るからと、ネットでも大量に買っていただいて、今では常連さんです。お客さんの顔を見て直接コミュニケーションが取れる、これはECサイトのみの営業ではなく、お店を持つことでしか感じられない部分だとあらためて感じますね。
ー素晴らしいですね。
クッキーを食べていただく以外にも、お店に来られた方に「この辺でお昼どこがいい?」と聞かれておすすめしたり、小鹿野の魅力をいろいろ紹介したりすると、すごく楽しんで帰ってくれる。そんな方が少しずつ増えてきたのが、何よりうれしいです。
【参考リンク】
▼MA.COokie(エムエークッキー)のInstagramアカウント
https://www.instagram.com/ma.cookie0305/
▼西秩父商工会
https://www.nishichichibu.or.jp/
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