小鹿野町(おがのまち)役場のすぐ近くには、多くの町民に親しまれているパン屋さん「フレッシュベーカリー アライヤ」がある。お店でパンを販売するだけでなく、町内の会社や学童保育にパンを卸すなど、町の暮らしを支える「アライヤ」さん。ここで働いているのが、創業者の孫であり、現店主の息子にあたる新井稔基(あらいとしき)さんだ。新井さんは、都内からのUターンを経て実家のパン屋を切り盛りし、町内で空き家も購入した。
今回は新井さんに、「町外に出てみたからこそわかる小鹿野町の良さ」や「町民に愛されるパン作りで意識していること」、さらには「住まい探しの実態」についてなど、幅広くお話をうかがった。
地元で愛されるパン屋で育つということ~1回目のUターン

—小鹿野町内だけでなく秩父市内や遠方からも、コッペパンを求めてお客さんが来る。そんな地元で愛されるお店で育つと、やはり“アライヤの息子”と声をかけられることも多かったですか?
それはもう、ずっとですね。私も父親も「アラパン」というあだ名でしたし、どこへ行ってもそう言われます。もう、この道からは「逃げられない」ですね(笑)。
—「家業を継ぐ」という意識は、ずっと持たれていたのでしょうか?
正直に言えば、他にどうしてもやりたいことがあったわけでもなく、「やりたい」というよりは「やらなくちゃいけない」という感覚が強かったですね。昔は今よりももっと小鹿野町に活気があったという記憶があって、「もっと盛り上げたい。それには自分が継ぐしかない」という気持ちでした。
ー最初のUターンは専門学校を卒業したタイミングだったんですか?
いえ、パン作りの専門学校を卒業した後、2年間は世田谷区にあるパン屋で修業をしていました。そこのお店は仕込みからすべて自分たちでやるスタイルだったので、良い修行になると思って就職したんです。
ーアライヤさんでもよく新商品を見かけます。そのお店での経験が生きているのでしょうか?
そうですね。そこは毎月新商品が出るようなお店だったので、環境が面白いなと思いました。パン屋さんはチェーン店でも個人店でも新商品をあまり出さないお店がありますが、自分的にはどんどん新しいものを出すスタイルの方が勉強になるなと。
ただ、年末年始も休まず営業しているお店で、大変さからアルバイトさんもどんどん辞めてしまい…そうなると社員がすべてをカバーしなければなりません。ですが、社員は私を含めて3人しかいませんでした。過酷な労働環境でありながらも先輩たちはよくしてくださったんですが、私の手の持病もあり、それ以上の無理はできなかったということもあって、実家に戻ってきたのが最初のUターンです。
小鹿野の人の温かさに触れて~2回目のUターン

ー1回目のUターン後は、何をしてたんですか?
もちろん実家を手伝っていました。ただ、当時は休みが日曜日だけで、正直プライベートの時間が全然なくなっちゃったんですね。友達と遊ぶことも、恋愛もできなくて、「これでいいのかな」とすごく悩んでしまったんです。それまでホントにパンのことしかやってこなかったので、「一度きりの人生なら、パンから離れて違う世界を見てみたい。」そう思うようになって、実は全く別の仕事を始めました。
また小鹿野から離れて、東京に行って就活して。勝どきから始まり、東京駅付近や目黒など、「都内のいろんな場所で働く」という経験を積むことができました。仕事としては、実はパソコンが全くできなかったので、あえてそれを使うデスクワークに挑戦したんです。最初は本当に世間知らずだったというか…パソコンもエクセルの使い方も分からず、周囲に頭を下げて1から教えてもらって、まずは経理としてなんとか働いていた感じでしたね。
ー初パソコンで経理って、なかなかですね(笑)。
ホントですよね(笑)。
そこから総務の仕事も経験させてもらいつつ…小鹿野には一度離れた以上、戻るのは申し訳ないというか、親に迷惑をかけないよう一人で頑張っていくしかないと思っていたので、なんとか仕事を続けていました。
ーそこから、再度戻ってこようと思ったきっかけは何だったのですか?
きっかけは結婚です。二度目の上京から4年ほど向こうにいて、結婚した翌年に小鹿野へ戻ってきました。結婚当初は埼玉の上尾市に住んでいて、その頃にはもう、実家のお店が日・月休みになっていたので、タイミングが合えばよく実家へ遊びに来ていました。しばらくすると、妻の方から「小鹿野に住みたい」と言うようになったんです。
ー奥さんきっかけだったんですね。
私としては「本当に大丈夫?」って感じでしたけど(笑)。
今でも、遠出して帰ってくると「やっぱり山が落ち着く」なんて言っています。あとは、とにかく「人の温かさに惚れた」と言っていましたね。都会と比べると、良くも悪くも近所付き合いが多いじゃないですか。小鹿野に遊びに来るなかで、それを肌で感じたみたいです。この町特有の距離の近さや、お祭り好きな雰囲気などが合ったんですかね。
私自身は、戻りたい気持ちはあっても自分から出て行った手前、言い出しづらかった。でも妻がUターンを提案してくれて、しかも「パン屋を継ごう」とも言ってくれて。実家も「奥さんがいいならいいんじゃない」と。それで改めて「働かせてください」と頭を下げて、戻ってくることができたという流れですね。
ー久々のパン作り、デスクワークからのブランクは大丈夫でしたか?
そうですね、長くパン屋の仕事から離れていたので、体は覚えていても技術や知識を忘れかけていて不安もありました。それでも少しずつ思い出して、今に至るという感じです。
家族の支えと、小鹿野の暮らしに寄り添うパン作り

ー今は日・月休みということもあり、お仕事は大変ながらも、それほど苦なく取り組めているのでしょうか?
今は全然、苦ではないです。実は私、高校生のときから手に難病を抱えていまして、握力が弱かったり、寒いと指が動かなくなってしまったり、仕事にも支障があるんですね。だけど、両親も妻も私の手の状態をすごく心配してくれていて「今日はちょっと手がしんどいな」という時は、仕込みの量を少し減らすといった調整もしてくれています。こうした融通が利くのは、一般的な会社ではなかなかできないことですし、まさに家族経営ならではの良さだと感じています。
ーそれにしてもアライヤさんは、お手頃価格すぎませんか?こないだ想像より安くて、レジをしていた奥さんに「間違ってませんか?」と聞いてしまいました。
季節でも変動ありますけど、今は正直、何でもかんでも物価が高いですよね。1回目のUターンのときに「小鹿野町では高すぎるものは売れない」と痛感したんです。だから、なるべく良い素材を使いつつも、お手頃な価格で提供することを常に意識しています。
今のパン屋さんは、「おしゃれ系」なお店が多いじゃないですか。でも、うちは「懐かし系」で行こうと。流行に左右されない、「昔懐かしいパン」を大切にしたいと考えています。あとは、とにかく材料にこだわりたい。良いものを使うと味に出るので、やっぱりお客さんにも伝わります。家族経営で家賃がかからず、人件費も家族だけという強みを活かして、削れるところは削って、その分を商品に充てていこうというスタイルです。
作りたいものはたくさんあるんですけどね。町に馴染みのあるものを提供し続けることと、物価とのバランス。その両方と向き合いながら、日々試行錯誤しています。

小鹿野での空き家購入体験談
―新井さんは、小鹿野町内で空き家を購入されたと伺いました。まだ小さなお子さんがいらっしゃるなか、どのようにして物件を探されたのですか?
役場の移住相談窓口からは、「表には出ていない空き家が町内には割とたくさんある」と聞いていたので、窓口に何度も何度も足を運んで「新しい情報は出ましたか?」と、本当に申し訳ないくらい通い詰めて探しました。あとはパン屋の常連さんとかにも、空き家がないか聞いたりしていました。実は、買った物件の元の所有者さんも、ちょうどお店のお客さんだったんですよ。
―最初から「空き家」を希望されてたのですか?
そうですね。今はまだアパートに住んでいるのですが、ずっと家賃を払い続けるのもな…と感じていました。いずれは実家を継ぐことを考えると、新しく家を建てるのも違うのかなと。だったら空き家を活用したほうがいい。妻も「空き家が絶対いい、新築を建ててもしょうがないでしょ」と後押ししてくれました。
―リノベーションなどの構想はありますか?
1階に仕切りが多いお家なんですね。今後、子供が成長して走り回ると思うので、仕切りを減らしてリビングを広めにしたいと考えています。2階は今のところ手を入れる予定はないので、着工してしまえば、それほど期間はかからずにリフォームできそうです。元の所有者さんが、3年前くらいに外装やお風呂、トイレを新しくしてくれていたのも大きいですね。だから、大きく手を加えるのは1階の間取りくらい。空き家となると、どうしても古い物件が多いのは仕方ないのですが、このお家は状態が良く、本当に待った甲斐がありました。
―ちなみに、探し始めたのはいつ頃ですか?
子供が生まれた時からなので、3年前くらいですね。当時はまだ秩父市内に住んでいて、そこから実家のお店まで通っていました。その頃から物件を探していましたが、なかなか希望に合うものがなくて。子供がいるなかでの通勤は大変だったので、今のアパートがたまたま空いて、まずはそこに入った感じです。でも、そのアパートすらも探すのに苦労したという…。
移住者が直面する「住まい」のリアル

ー小鹿野町は民営のアパートもそこまで多くはないので、確かに難しいかもしれません。
そうですね。町営住宅もありますが、入居には条件があるので、移住者の方からすると正直ハードルが高いと感じる部分もあると思います。「まずはアパートに住みながら空き家を探そう」と思っても、その拠点となるアパートがなかなか借りられない。わざわざ遠方から空き家を探しに来る方にとっては、そこが最初の壁になってしまうかもしれません。
ただ、役場の移住相談窓口で「町内にこんなアパートがありますよ」というご紹介はしていただけました。空いているのかどうか、実際の条件はどうなのか、という話は不動産管理会社に問い合わせないといけないのですが、生まれ育った町でありながら、「こんなにアパートがあったのか」という新発見にもなりました。
ー新築は検討されましたか?
ちょうど先週、家を建てた友人の新築を見学してきたんですけど、やっぱり新しい家は憧れますよね。でも、実際に購入金額や「〇歳まで続く住宅ローン」という現実的な話を聞くと、それはそれで少し考えてしまいます。リアルを見ちゃうと、払い続けていくのも大変ですし「やっぱり空き家かな」、みたいな。
ーありがとうございます。最後に移住やUターン、小鹿野町とかかわりを持ちたいと考えている方に、何か知っておいてほしいことはありますか?
生まれ育った町ですけど、2回上京して戻ってきて、いま実際に住んでいて感じるのは、小鹿野町はお祭りや近所付き合いなど、人の関わりが多い町だということです。移住を検討されている方のなかには、もしかしたら人付き合いが苦手という方もいらっしゃるかもしれません。ですが、困ったときには力になってくれる人たちがいると、ポジティブに捉えてくださると良いのかなと思います。
この町で暮らして行くには、やっぱり「人が好き」「人と話すのが好き」という気持ちがあるかどうかが、大きいかもしれません。小鹿野町に限らないかもしれませんが、人との繋がりを大切にできる人こそ、地域での暮らしをより楽しめるのではないでしょうか。
関連リンク

秩父郡小鹿野町(おがのまち)では、移住を検討されている方向けに、実際の生活を体験できる「おためし移住住宅」を提供しています。リアルな暮らしを体験いただけるよう、町民とのコミュニケーションや農作業体験、鳥獣害対策見学などのアクティビティも選択できるコーディネーター伴走型、2泊~最長9泊が可能で、利用料は無料(2026年3月現在)です。移住のご検討にあたっての情報収集として、ぜひお気軽にご利用ください。


