小鹿野町に馴染むため、楽しみながら自分のレベル上げ!聖地移住からクラフトジン開発に挑む移住者のリアル

今回お話を伺ったのは、小鹿野町(おがのまち)の地域おこし協力隊(※1)として移住促進事業を担い、任期を終えた現在も町に定住している高山陽平さん。現在は、「ディアレットフィールド醸造所」で小鹿野町の特産品である蜂蜜酒(ミード)の製造を手伝いながら、自身の手で新しい「クラフトジン」を企画・開発し、販売の実現に向けて日々奮闘しています。インタビューには、同醸造所の工藤エレナさんにも同席していただきました。

(※1)地域おこし協力隊とは:都市部から地方へ移住し、地域の課題解決や魅力発信に取り組む国の制度。隊員は自治体の委嘱(委託型と任用型がある)を受け、任期(1〜3年)中は報酬を得ながら地域活動に従事し、任期後の将来的な定住・定着を目指す。

POINT
・趣味から始まったご縁で、会社を辞めて小鹿野町へ移住するまでのストーリー
・地元の豊かな資源を価値に変え、地域を循環させるローカルビジネスのヒント
・小鹿野町の濃い人付き合いを楽しみながら、味方を増やしていくコミュニケーション

聖地巡礼から始まったご縁。小鹿野町で夢の「お酒造り」に飛び込むまで

高山さんが、移住を考え始めたきっかけについて教えてください。

高山さん:私は“オートバイ”が大好きで、社会人になってから免許を取ったのですが、当時住んでいた清瀬から、秩父や小鹿野の方によく走りに来ていたんです。この辺りをバイクで回っていたら知り合いがどんどん増えて、町に愛着がわいてきたんですね。

もう一つ、学生の頃から大好きだったのが“お酒”です。「いつか自分でお酒を造ってみたいな」という夢があり、ここならお酒の素材になる魅力的な農産物がたくさんあるし、お酒の盛んな秩父地域でまだ誰もジンを作っていないということも知って、「ここでジンができたら最高だな」と思っていたんです。そんな時に出会ったのが、ディアレットフィールド醸造所の代表である工藤さん(エレナさんの旦那さん)でした。コロナ禍が始まる少し前ですかね。

6,7年前くらいですね。

高山さん:お酒の席でお話ししていたら工藤さんと意気投合して、タイミング良く「うちで新しい蔵(醸造所)を作るけど、高山くん来る?」と誘っていただきました。それをきっかけに、10年間勤めた都内の医療機器会社を辞めて、移住に踏み切ったという流れです。あと、ちょうど「小鹿野町が“地域おこし協力隊”を募集しているよ」というお話を、工藤さんやエレナさんから教えていただきまして、「生活費を稼ぎつつ、お酒の修行もできるならこんな良いことはないな」と、応募したのが今に至るきっかけです。

仮に「地域おこし協力隊」の募集がなかったとしても、移住していたような勢いだったんですか?

高山さん:そうですね。「このタイミングを逃したら一生お酒造りは挑戦できないかもしれない」という思いがありました。

エレナさん:そもそも高山くんは、秩父エリアがとても好きで、愛して来ているもんだから、とにかくここを盛り上げたいという気持ちが強いんですよね。もともとはアニメ好きですけど。

高山さん:そう、私、アニメオタクなんですよ(笑)。風景描写がすごくキレイな『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』という秩父を舞台にしたアニメが、その昔流行していました。地元の人に「あなたも巡礼?」なんて声をかけられながら、秩父とのご縁がスタートしているので、私は「聖地移住」したとも言えます。好きなアニメの聖地、バイクのツーリングコース、醸造所からのお誘いと協力隊の募集という全部が重なり、「これだけの条件が揃えば、もう動くしかないよね」という想いでした。

秩父と言っても、秩父市・長瀞町・皆野町・横瀬町そして小鹿野町の1市4町があります。「小鹿野町」に絞られていったのには、どのような流れがあったのでしょうか?

高山さん:工藤さんやエレナさんがいてくれたからというのが一番大きいのですが、それだけではなく、小鹿野町役場の担当者さんの熱量が、個人的には圧倒的に高かった。「この担当者さんのやる気すごいな!」「何か新しいことを始めるなら、小鹿野町が一番良いかもしれない」と感じたんです。当時の担当者さんは「何か事業を起こすんだったら、役場も含めてみんなで応援するぞ!」というやる気に満ち溢れていました。地方で新規事業を興すなら、地域に対してさまざまな課題感を持っていて、「地元を何とかして盛り上げたい」というやる気のある方たちがたくさんいるエリアの方が、絶対にやりがいがあるし、絶対にいい。それが私にとっては小鹿野だったんです。

イタリア産スピリッツと小鹿野の恵みが織りなすオールド・トム・ジン

実際に移住されて、最初はどのようにお仕事をしていたのですか?

高山さん:「地域おこし協力隊」の仕事は委託型で、自分である程度の時間調整が可能でした。なので、午前中に醸造所を手伝って午後から協力隊の仕事をしたり、何曜日は移住の仕事、といった形で週に何日かで業務を分けたりしながら働いていました。エレナさんも元協力隊で、当時は「移住アドバイザー」の仕事もしていたので、移住促進の仕事で一緒に動くこともありましたね。

エレナさん:高山くんには「移住者目線で見る移住対応をやろう」ということで動いてもらいました。それと並行して、小鹿野の特産品である「黄金かぼす(※2)」のブランド化。その2つの間に、自分自身のジンの商品開発と修行を進めるという、かなり濃いスケジュールの生活でしたね。板橋にジンの師匠がいるので、そこに小鹿野の素材を持ち込んで試作を重ねていました。

※2)黄金かぼすとは:一般的な緑色のかぼすが完熟し、鮮やかな黄色に染まったのが「黄金かぼす」。規格外品として流通が難しかったが、酸味と程よい甘味の特徴を活かして「黄金のかぼす祭」を毎年開催。小鹿野町の、冬の定番になりつつある。

現在は協力隊を退任し、小鹿野町に定住して「ジン」の開発・製造に取り組んでいるのですね。

高山さん:はい。 ジンには明確なルールがあって、必ず「ジュニパーベリー」という植物の実を使う必要があります。ブルーベリーくらいの小さな丸い実なんですが、ヒノキ科の植物なので、かじるとヒノキ風呂のような良い香りがします。ジンはこのジュニパーベリーと、柑橘類の皮、その他さまざまなハーブやスパイスをブレンドし、ベースとなるアルコールに入れてから蒸留して造るお酒です。さまざまな原料を使うことができるので、自由度がとても高く、作り手の個性を出せるお酒になります。

そのなかでも私が造っているジンは、「トムジン(オールド・トム・ジン)」という、少し甘みを加えたタイプのジンです。産業革命期のイギリスではジンが流行り過ぎてしまい、厳しい免許制度や高い関税を課した結果、逆に密造酒であふれてしまうということがありました。当時は、その安かろう悪かろうなジンの、粗悪な味をごまかすために砂糖を入れていた側面もあったのですが、現代のトムジンは違います。より上品で洗練された蒸留技術や、作り手の創意工夫によって上質な味と香りのお酒になりました。

いま現在、開発に取り組んでいるトムジンについて教えてください。

高山さん: 自社畑のローズマリーと秩父かぼす、手摘みラズベリーの葉を活かしたスタンダードなものと、自分たちで育てたラベンダーをベースにした2種のトムジンを、この度リリースすることになりました。ベースとなる原料アルコール(スピリッツ)には、イタリアから輸入した高品質なブドウ由来のスピリッツを使用しています。このブドウ由来のスピリッツを使うことで、口当たりが非常にまろやかで高品質な仕上がりになるんです。

トムジンの製造で実際に使用されている
「アランビック蒸溜機」

エレナさん:小鹿野や秩父にはお祭りなどの交流文化が深く根付いていて、お酒を飲む機会も人も多いんです。でも、ジンや私の作っているミード(蜂蜜酒)を飲んだことがない地元の方もまだまだたくさんいらっしゃいます。地元で採れる最高の材料を活かして、「気楽に1杯飲めるような馴染みやすくて飲みやすい、けれど実はものすごくこだわって造られているお酒」をみんなで目指しています。このお酒をフックにして、たくさんの人に小鹿野町や秩父に足を運んでもらいたい、というのが私たちの大きな願いですね。

地元の果物なども使っていく予定ですか?

高山さん:
使っていきたいと思います。小鹿野町は「ゆず」や「かぼす」がたくさん取れる地域です。ブランド化されている「黄金かぼす」についても、小鹿野町内の加工業者さんから、果汁を絞った後の「皮」を分けていただく計画も進んでいます。これまでは捨てられていたかもしれない搾りかすや皮も、私たちのノウハウがあれば、蒸留酒や甘口のリキュールとして新しく形を変え、小鹿野の素晴らしい香りをボトルの中に閉じ込めることができます。無駄なロスがなく、地域資源を循環させられる。小鹿野町には、本当に良い材料がゴロゴロ転がっているんですよ。

濃密な人付き合いを面白がる!自分のレベルを上げながら町を「攻略」する楽しさ

ここからは、少し移住後の暮らしについてのお話も聞かせてください。高山さんは小鹿野町のどのあたりにお住まいですか?

高山さん:両神(りょうかみ)地区という、町の中心からは少し離れたエリアで部屋を借りています。以前は中心エリアにある一軒家を借りていたのですが、出張などで家を空ける機会も多く、草刈りが本当に大変で(笑)。広大な敷地の一軒家は、男一人が住むには手入れが大変すぎました。ただ、その地区とはまだ関係が続いていて、お祭りや消防団に参加させてもらっているのはとてもありがたいですね。

小鹿野の中心エリアから両神地区へ移ってみて、環境や暮らしはどう変わりましたか?

高山さん: まず、すごく静かです。中心エリアでも都会と比べると「静かだな」と思っていましたが、両神はもっと静かです。びっくりしました。

前の家は歩いて3分のバス停から西武秩父駅までアクセスでき、コンビニやスーパーも近くて利便性が高いというメリットがありました。今の両神の家からは、スーパーまで車で5〜6キロ走らなくてはなりませんが、その代わりに、野菜が驚くほど安い直売所と温泉が徒歩圏内です。毎日温泉に行ける環境は、最高ですよ。

若い男性が1人で住む家を借りるのは、ちょっと珍しがられますよね。

高山さん: 最初は「単身赴任でしょ、奥さんはいつ来るの?」と聞かれることが多かったです。「いえ違います、一人なんです!」と分かってもらうのが大変でしたね。私の前にその部屋に住んでいた方が知り合いだったので、家主さんと面会するという時にも同行してくださったのですが、「この人は怪しい者じゃありません」と熱弁してくれたんです(笑)。お陰さまで、快適に住ませてもらっています。

小鹿野ならではの、濃い人付き合いですね。

高山さん:今の時代、「誰がどこにどう住もうが個人の自由だよね」という考え方が一般的かもしれません。 でも、そういう「一度ワンクッションを置く人付き合い」を、むしろ面白がれる人の方が、小鹿野町を楽しめるのではないかと思います。知り合いが知り合いを呼んで、どんどん輪が広がってくる。少しずつ地域の方との信頼関係を築いて、自分がゲームのようにレベルアップしていく、そしてどんどん暮らしやすくなっていく。そんな面白さも感じます。

分かる気がします。高山さん流のレベル上げのコツはありますか?

高山さん:暮らしや事業を円滑に進めて行くには、やはり地域のキーマンとつながるのが一番の近道だと考えます。その地域の色んなコネクションを持ったキーマンに、例えば「薪が欲しいんですけど、どなたか余らせてる方いませんかね?」と相談すると、「あいつが持ってるぞ」と一瞬で解決することがあるので、地域コミュニティのつながりの強さを感じます。そんなキーマンに出会うには、まずは地元のご飯屋さんから1軒、自分にとって気楽に通える場所を作るのがおすすめです。

かなりレベルアップしたであろう高山さんにとって、「小鹿野町民マインド」になったなと感じる部分はありますか?

高山さん: 無意識のうちに「秩父地域の1市4町のなかで、小鹿野が一番でありたい!」という強いマインドが育ってしまっています(笑)。

「聖地移住」がきっかけですから、秩父地域一帯に対する思いが強いです。ただ、やっぱり拠点を置いているこの小鹿野町は、ほかのどの市・町にも負けないくらい良い場所だとも考えています。ですので、トムジンというお酒をフックに小鹿野町を知ってもらい、足を運んでもらえたら、こんな嬉しいことはないですね。

ありがとうございました。


秩父郡小鹿野町(おがのまち)では、移住を検討されている方向けに、実際の生活を体験できる「おためし移住住宅」を提供しています。リアルな暮らしを体験いただけるよう、町民とのコミュニケーションや農作業体験、鳥獣害対策見学などのアクティビティも選択できるコーディネーター伴走型、2泊~最長9泊が可能で、利用料は無料(2026年7月現在)です。移住のご検討にあたっての情報収集として、ぜひお気軽にご利用ください。

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