写真:左から:太田誠さん、太田友美さん、北原茜さん、北原豪さん
小鹿野町への移住や二拠点生活を検討する多くの方にとって、興味・関心が高いのは「農ある暮らし」です。秩父盆地にある小鹿野町には、庭での家庭菜園から就農して生活費を稼ぐスタイルまで、さまざまな「農」とのかかわり方がグラデーションのように定着しています。今回は、移住者である太田さん一家と、二拠点生活をしている北原さん一家に来ていただき、定住と二拠点、プロと自宅用栽培とで異なる「農」への向き合い方や、地域の方とのコミュニケーションについて幅広くお話をうかがいました。
無農薬のえごま栽培・加工・販売
小鹿野から車で30分の横瀬町でパン屋を営業
太田さん一家
都内に住みながら二拠点生活の週末農業
農薬を使わない自然栽培で「農ある暮らし」を実践
北原さん一家
「原材料」や「食育」への興味~「農」への入り口も人それぞれ
「農業」に、はじめから興味があったんですか?
太田誠さん:実は、最初は「ちょっと興味があるな」という程度でした。シェアカフェでお菓子作りをするなかで食用油に興味が湧いてきまして、「えごま油」が話題になっていた時期でもあったので、えごまを仕入れて自分で絞って売ってみたんです。そうしたら、買ってくださるお客さんが想像以上にいて。そこから「栽培から自分で手がけて、油にしたら面白いんじゃない?」と思ったのがきっかけでした。「農業をやりたい」というよりは、「油の原材料を自分で作るところから挑戦してみたい」という気持ちでしたね。
太田友美さん:傍から見ていて「本当にできるのかな?」って、最初は少し心配でした(笑)。興味の方向は「農業」というより、完全に「油」でしたし。私自身はというと、都内に住んでいた頃に、小さな市民農園を借りていたことがあるんですね。事務机を四つ分くらいの畝(うね)がある狭い場所で、月に一万二千円くらい。友だち四人でお金を出しあって始めたんですけど、一番近かった私以外はみんな来なくなっちゃって、楽しかったけれど一年でやめてしまったんです。だから小鹿野に来て「好きなだけ土地がある!」となったのに…今は自分のパン屋の仕事が忙しくて、畑に行けなくなってしまいました。勿体ないなと思いつつも、代わりに夫が頑張ってくれています。えごまだけじゃなくて、家で食べるための普段の野菜も作ってくれているんですよ。

太田さん一家
小鹿野町での「農業」には、どんな特徴があるのでしょうか?
太田誠さん:盆地で、耕作面積を広く取りづらいということもあり、小鹿野町は「野菜をたくさん作って市場にドカンと卸す」みたいな、大規模なビジネスとしての農業には、あまり向いていない土地かもしれません。どうしても「大きく作って効率よく売る」方が収益は上がりやすいですから、それを目指す農家さんも多いです。農機具メーカーから販売されているのも、広い農地用の大きな機械が主流になります。小鹿野みたいな山間部の小さな農地で使いやすい機械って、実はあんまり作られてこなかったんですよ。
だからといって「小鹿野で農業は成り立たない」かというと、決してそんなことはありません。量より質を探求して単価を上げる農家さんもいますし、しゃくし菜を漬物にしたりフルーツをジャムにしたりなど、食品加工と組み合わせる戦略の農家さんもいます。小鹿野町は、自分のアイデアや手仕事を生かして「新しい価値をつくる農業」ができる場所なので、小さく始めても、工夫次第でちゃんと形になる。そこが、この町ならではの「農」の面白さだと思いますね。
北原さんが、二拠点生活で通いながらの「農ある暮らし」に興味を持ったのは、どんなきっかけでしたか?
北原豪さん:まず、自分が趣味でロッククライミングをしていて、良い岩場のある二子山によく通っていたのが小鹿野との接点の始まりです。もともと「農」というものにぼんやり興味はあったので、町内にあるクライマーのコミュニティで、地元でお米を作っている方とたまたま出会ったときに、「手伝わせてほしい」と連絡先を交換させてもらったんです。それに、自分一人だけではなく、家族みんなで小鹿野に来られる理由がほしかったんですよね。「子どもたちの食育にもなるし、みんなでお米作りしよう!」と言えば、小鹿野に来ることに妻も賛成してくれるかなと思って(笑)。
北原茜さん:そうですね、うまい具合に乗せられてしまいまして。「食の大切さ」について、そこまで強く意識していたわけではないのですが、親が病気になったときに、添加物や原材料のことを真剣に勉強する機会があったんです。当時は自分たちの子どもも、上の子が五歳で下の子が三歳、食べ物に気を使う時期でもありました。でも、いざ無農薬や有機栽培の野菜を買おうとすると、やっぱり高いんです。それなら「自分で作っちゃえば、体に良いものをたくさん食べられるんじゃない?」と思ったのが、私の最初の動機です。
北原豪さん:「出どころの分かる食」と言いますか。そういう観点は大きくあったのかもしれないですね。
「月イチ週末農家」から四年。二拠点生活で広がる、我が家の食料自給率

北原さんは、小鹿野町で畑を始めてどのくらいになりますか?
北原茜さん:今年で四年目です。最初は月に一、二回だけ週末にふらっと来る感じでした。二年目くらいまでは本当に「お試し」という感じで、畑の面積的にも育てられる範囲のみ、作物もサツマイモや大豆のようにあまり手間のかからないものだけで、「いつもの食卓にちょっと彩りを」くらいのスタンスだったんです。大きく変わったのは「稲作」にトライし始めた三年目でした。稲作それ自体も大きな挑戦でしたが、畑仕事にとって良かったのは、稲わらが手に入って、それを作物周りの表土に敷く「わらマルチ」にできたことです。徐々に土の質が改善してきていたこともあり、作物がぐんぐん育つようになりました。育てた野菜から種を採って繋いでいって、小鹿野の気候や土に合った野菜に変化してきて…今年はなんと四十品種くらい育てています。
北原豪さん:自分がきっかけで始まりはしましたが、畑仕事を主導してくれているのは妻の方です。「そろそろ今日はおしまいにしようか」ってみんなで片付けていても、「あれ、茜ちゃんがいないな」って。暗くなってもヘッドライトをつけて、一人で作業していることがよくあるんです。
北原茜さん:「あと一時間でやりきらなきゃ」っていうタイムリミットがありますからね。切羽詰まって作業しています(笑)。
太田誠さん:そうか、北原さんの二拠点スタイルだと「続きは明日やろう」ができないんですね。でも、逆にいい集中力を発揮しそうです。
北原茜さん:育てられる品種と量が多くなってくると、やっぱり欲が出てきます。ちょっとした彩りだけではなく、お米などの備蓄できるものや、お味噌といった調味料も自分で作って、可能な限り食料自給率を上げるということも目標になってきました。今では予定さえなければ、毎週のように小鹿野に通っています。

ご夫婦で、作業分担などはしていますか?
北原豪さん:田んぼにトラクターをかけたり、刈払機で雑草を刈ったり、力仕事や機械系の作業を主に私が担当しています。ちょっと期間が空くだけで、びっくりするぐらい雑草がボーボーになっていて来る度にがっかりするんですけど、不思議なもので、2年目、3年目と刈り続けると、生えてくる草の種類が変わってくるんです。最初は背が高くて硬いイネ科の草ばかりだったのが、だんだんクローバーやオオイヌノフグリみたいな柔らかい草花が増えてきて…こういう変化にも喜びを感じますね。
太田友美さん:都内からの移動は、金曜の夜とかになるんですか?
北原豪さん:そういうことが多いですね。仕事を終えたら移動開始、着いたら子供を寝かせて、翌朝早くから作業という感じです。真夏は暑くて朝7時くらいまでしか快適に作業できないですよね…プロの農家さんになると「今やらなきゃいけない」こともあると思いますが、どう折り合いをつけていますか?
太田誠さん:私は「とにかく頑張ってやる」というのがベースにあります(笑)。自分自身が「やりたい」と思って取り組んでいるので、そこは案外耐えられるんですよ。ただ、その光景を他の人が、特に若い人が見たときに「あんなに大変そうな作業なのか」と思われないように、ということは意識しています。エアコン付きのトラクターを買ったのには、そういう理由もありますね。やっぱり「農業をやってみたい」って思われないと、なかなか若い就農者も増えていかないのかなと。
職場でも家庭でもない「第三の領域」~地域コミュニティとのつながりから、暮らしの幅を広げる

移住してから、地域の人とはどんな交流がありましたか?
太田誠さん:農業関係の交流で言いますと、「秩父4Hクラブ」という若手農業者の団体に所属しているので、小鹿野町の農家さんだけではなく秩父地域一帯の横のつながりも広がってきています。20代や30代の、若い農家さんも意外といるんですよ。作っている作物は違っていても、定期的に情報交換をするなど、刺激をもらっています。
太田友美さん:私は、小鹿野町と同じ秩父郡市内にある横瀬町役場のすぐ隣でパン屋さんをやっています。こういう拠点があることで、地域とのつながりはとても作りやすいです。役場の方がお客さんを連れてきてくれたり、「遠かったよ〜」なんて言いながら、小鹿野町からもチラホラお客さんが来てくれたり、この場所に馴染めている実感はすごくありますね。子どもがもう少し大きくなったら、住んでいる小鹿野町でも、もっと交友関係を広げていきたいです。
二拠点生活でも、地域の方とのつながりはできましたか?
北原茜さん:私たちは、町内で農を営む先輩たちに知り合いが少しずつ増えてきました。より深いレベルで自然農法を実践している方がいて、畑を見学させてもらい、いろいろとお話も聞いて、種もいただいて、今年からは大豆畑も一緒にやらせてもらっています。畑の隣にある自動車屋さんからは、使っていない部屋を拠点としてお借りしていますし、いつの間にかそこのお孫さんとうちの娘たちが仲良くなっていて…こういう温かい交流ができるのは本当にありがたいです。私は東京で生まれ育って、ご近所さんとの付き合いというものはほとんどない環境で育ってきたので、羨ましくもありますね。
太田誠さん:私は、どちらかというと近所付き合いが苦手なタイプだったんです。でも、この歳になっていろんなコミュニティに関わるうちに、「人と関わるのって意外と楽しいな」と思えるようになったんですよね。
太田友美さん:確かに、夫がお祭りや地元の消防団に積極的に参加したのは本当に意外でした。地域のみなさんに、上手に引き込んでもらえたおかげで、すごく健康的というか、社会性を獲得しましたよね。地元の「小鹿野歌舞伎」にも出演しましたし。「コミュニティに入る」ということは、移住者側の決意でもあると思うんですけど、受け入れる側にとっても当然、手間のかかることです。その点で、色んなタッチポイントをいただけているということは本当にありがたいですね。
北原豪さん:私たちが一緒に田んぼや畑をやっているメンバーにも、地元の方がいるんです。また、一緒に「農」をやらせてもらっていると、「コミュニティに属さないとできないことが結構あるんだな」ということを痛感します。たとえお金を払ってどこか場所を借りたり買ったりしていたとしても、いきなり地元の方と何かを一緒にやるとか、助け合うということは難しいでしょう。だから「コミュニティに入る」ということは、すごく重要です。自分も昔は人嫌いだった部分があるので…「コミュニティに属したくない」というのは、恵まれた環境にいるから言えることなんだなと、今なら思います。

小鹿野で得た、新たな価値観や気づきもあるんですね。
北原茜さん:私も、地元で知り合った方の「自然の循環にどうかかわって暮らしていくか」という視点が、すごく自分の求めていた考え方でもあったんです。食べ物を買わないと手に入らない、捨てたものも土に還らない、その社会の循環のしなさに疑問を持っていたんですね。自然農法に取り組んでいることももちろんそうですけど、その地元の方の考え方というのが、自分の思い描いてた理想に近くて。その方の存在があってこそ、ここまで続けてこられたのかなという気もします。
太田誠さん:私が都会に住んでいたときに感じていたのは、「自分で作る」という選択肢をなかなか取りづらいということです。食べ物も服も、お金を払って買わなきゃいけない。キュウリが一本千円だよと言われても、買うしかないという怖さがあります。小鹿野でも普段は大体一緒ですけど、「自分で作る」って選択をしやすいじゃないですか。小鹿野町には、生きるためのノウハウをたくさん持っている方が本当に多い。そして、そういう先輩町民のように実際に作るということが少しずつできるようになってくると、生き方の幅も広がってきたといいますか…ここに多様性を持たせられるのは、本当に頼もしいなと思いますね。
ありがとうございました。


