「今年もそろそろ始めるか。」
冬が近づくと、小鹿野町河原沢(おがのまち かわらさわ)地区では、そんな声が自然と交わされる。極寒のなか多くの観光客で賑わう尾ノ内氷柱は、誰か一人の仕事ではない。寒さのなかで水の管理やホースの確認、ゴミの排除、役割を分担しながら、毎年少しずつ形にしてきた地域住民の手仕事である。
この場所に住み、関わり、尾ノ内氷柱を続けてきた人たちは、氷柱を通し何を感じ、何を受け取ってきたのだろうか。今回は、小鹿野町の河原沢地区で育ってきた氷柱責任者の一人、強矢(すねや)さんにお話を伺うことができた。
尾ノ内氷柱の始まりとその魅力

ー尾ノ内氷柱が始まるきっかけ
「尾ノ内氷柱のはじまりは、メンバーの1人が冬に自宅の庭の水道を閉め忘れた出来事だったと聞いています。寒い冬の夜に、庭に撒かれた水が一晩で凍り、翌朝には見事な氷柱となっていたそうです。」と強矢さんは語る。この光景をきっかけに、尾ノ内渓谷でも水を撒いて凍らせれば、見応えのある人工氷柱を生み出せるのではないかと発想。小鹿野町への集客を目的に、プロジェクトが始動した。
「自然の氷柱は毎年同じ場所にしかできませんが、人工氷柱であれば、凍らせる場所を年ごとに変えられます。人工的に水を散布することで、通常は凍結しない岩肌や崖にも氷を形成できるのが、大きな特徴なんです。」
環境条件に左右されやすい自然氷柱とは異なり、演出の幅が広がることで、毎年異なる景観を生み出せる点が、人工氷柱ならではの魅力だそうだ。
ー氷柱を作り出すなかでの苦労
「人口氷柱では、川から汲み上げた水を実際に凍結させる場所までホースで運ぶのですが、とあるすごく寒い年に、数あるホースのなかでも最も太いホースの一つが凍ってしまったんです。そのときは石油バーナーを使って温めながらハンマーで叩き、ホース内の氷を出しながら水が流れるようにしました。部分ごとにホースを外しては氷を出す作業を、何十メートルも広場のホースまで繰り返したため、作業を終える頃には全員が腱鞘炎になっていました。あの年が一番印象に残っていますし、二度と同じ思いはしたくないですね。」と、強矢さんは苦笑いを浮かべながら語った。
「気温が高く、氷柱を十分に作れなかった年もあります。その年は、お客さんから料金を受け取ることはできないと判断し、本日は自由見学と記した看板を掲げて、無料開放にしたこともありましたね。」
一方で、雪が多く降った年には、会場までの道路の除雪が終わるまで入場できない場合もあった。自然環境の中で実施するイベントであるため、天候や気候に大きく左右されることが少なくないのだ。
ー続けてきて良かったと思う瞬間
「やっぱりお客さんから『今年の氷柱は綺麗だね』と声を掛けられた瞬間ですね。氷柱を前に足を止め、目を輝かせて喜ぶお客さんの姿を見ると、心のなかで思わずニヤニヤしてしまいます。」と強矢さんは笑顔で語る。
地道な積み重ねが形となり、人の記憶に残る景色を生み出せたと実感する瞬間である。厳寒の中での設営や天候に左右される管理など苦労は尽きないが、称賛の一言が次の年への原動力となるのだ。
氷柱ができるまでの舞台裏と日常の作業

「一番大変なのは、やはり水の管理です。途中で水の状態を細かく確認しながら、必要に応じて水量を絞るなどの調整をしています。毎年、水の量との駆け引きには本当に苦労していますね。」
氷柱づくりに使用しているのは自然の川の水で、人の手で量を調整することはできない。そのため、水をそのまま流してしまうと、氷柱のメインとなる広場に届かないことがあるという。状況によっては、水量が少ない状態で厳しい冷え込みが続き、水が流れなくなってしまうこともある。
「気温を確認せずに管理を怠ると、パイプの中の水がすべて凍結してしまうんです。そうなると水がザラメ状になり、ホースの穴に詰まって水が出なくなる。そうなると、もう手に負えません。」
その場合は、新しいパイプを購入し、引き直して水を通す必要があるため、大きな手間とコストがかかってしまう。だからこそ、天気予報や気温をこまめに確認して、冷え込む前に水の管理を徹底することが欠かせない。
ーオープン前の準備と作業
「オープン前の作業として、ホース内にゴミが入らないように設置している網の清掃を、遅くとも二週間に一度のペースで行っています。あわせてホースにヒビや割れがないか、水漏れが起きていないかなど、設備全体の状態を細かく確認し、入念な点検が必要です。会場で散水の状態が良くないと感じた場合は、すべてのホースを一本ずつ確認しながら、必要に応じて掃除を行い、上流まで遡って原因を探します。時間も労力もかかりますが、安定した散水を維持するためには欠かせない作業です。」
「開催日が近づくと、作業部隊のメンバーが集まり、本格的な準備に入ります。会場の飾りつけや案内看板の設置をはじめ、林道には尾ノ内氷柱の“のぼり”を立て、会場周辺の清掃なども役割を分担しながら進めていきます。」
作業日には、地元や町外から参加する女性メンバーも会場に入り、昼食などの準備を担ってくれるという。多くの人手が関わることで作業は円滑に進み、地域一丸となって開催に向けた最終準備が整えられていくのだ。
お客さんを迎えるための工夫と心配り

ー楽しんでもらうための工夫とは
「毎年少しずつですけど、会場の雰囲気を変えています。ダリアの花を飾り、そこに竹を渡して凍らせる演出を取り入れるなど、自然素材を生かした工夫をしています。」と強矢さんは語る。
さらに土日と祝日のみ(1月24日~2月15日の期間中:日没~20:00まで)開催される夜のライトアップも実施し、昼間とは異なる幻想的な景観づくりにも力を入れているという。
「毎年同じ風景では、お客さんが飽きてしまうかもしれません。訪れる人が何度足を運んでも楽しめるよう、試行錯誤を重ねながら会場全体の雰囲気づくりに取り組んでいます。また、この辺りは非常に寒い地域で、足を運んでくれたお客さんに少しでも温まってもらいたいので、会場では甘酒の無料配布を行っています。売店では、秩父地方に古くから伝わる郷土料理の”たらしやき”や、”すいとん”、”うどん”なども楽しめますよ。」

環境整備協力金(園内の維持管理のため、入園時にお願いしている費用)1回の支払いには、甘酒一杯分の無料券が付いており、氷柱を鑑賞した後、売店で提示すれば温かい甘酒を受け取ることができる。地元の女性たちが毎日10時から14時まで提供しており、冷えた体を内側から温めてくれる嬉しいサービスとなっているのだ。
ー氷柱の混雑具合
「お昼を過ぎた13時から14時頃の時間帯は、混雑しやすい時間帯です。ゆっくりと氷柱を楽しみたいのであれば、朝がおすすめですよ。会場の吊り橋で写真を撮りたい人や、時間をかけて氷柱を眺めたい人にとっては、朝の時間帯が最適ですね。」
朝8時30分頃~10時頃までは来場者が少なく、比較的落ち着いた雰囲気の中で鑑賞できるという。なかでも平日の朝は人出が少なく、氷柱をじっくり堪能できるそうなので、ぜひ参考にしていただきたい。
名物になって見えた変化と尾ノ内のこれから

ー尾ノ内氷柱が名物になったことによる気持ちの変化
「夏は涼しくてそれなりに人は訪れていたんですけど、冬はとても寒いし人も少なくて寂しい地域だったんです。だけど、氷柱の取り組みを始めてからは、冬でも尾ノ内周辺に人が集まるようになり、地域に賑わいが生まれました。冬が近づくにつれて氷柱の清掃や点検作業が日常生活の一部となり、当初は大変だった作業にも次第にやりがいを感じるようになりました。」
強矢さんは心境の変化についてこう語る。
「ここまでいろいろと積み重ねてきたので、水が出ないことで開催できなくなるのは避けたいですね。作業に関わる仲間や、楽しみに訪れるお客さんの存在が私にとって “責任感”につながっています。今後も、何としても継続していきたいです。」
ー冬だけでない尾ノ内の魅力
「この周辺は夏でも涼しく、過ごしやすい地域なんですよ。夏場にはウォーキングや渓流釣り(※1)を楽しめますし、ダリアが咲く時期には渓谷広場を彩る飾り付けを行うなど、1年を通して楽しめるように、みんなで試行錯誤しています。」


尾之内渓谷は季節ごとに異なる表情を見せる。一年を通して多様な楽しみ方ができる地域として、さらなる可能性を広げようとしているのである。
2026年の尾ノ内氷柱は、1月4日(日)~2月23日(月祝)まで開催され、朝8時~16時まで見学が可能となっている。さらに、1月24日(土)~2月15日(日)までの土日祝日には、日没から20時まで幻想的なライトアップも予定されている(※2)。昼と夜で異なる表情を見せる尾ノ内氷柱は、冬の小鹿野町を代表する絶景であり、この季節ならではの感動を味わえる場所である。ぜひ一度訪れてみてはいかがだろうか。
※1 禁漁区域は年によって変わることがあるのでご注意ください
※2 氷柱のライトアップをご覧になりたい場合は、時間に余裕を持ってご来場ください
取材・執筆:田部井斗江


