歌舞伎練習後の、左:逸見孝泰(へんみたかひろ)さん、右:逸見駿太(へんみしゅんた)さん
小鹿野町(おがのまち)には、江戸時代から町民の手で大切に受け継がれてきた「小鹿野歌舞伎」という伝統芸能があります。町では「歌舞伎」が非日常ではありません。学校の授業でも触れる機会があり、子どもから大人まで地域みんなで楽しんで参加する日常の一部になっています。今回は、そんな小鹿野町で親子そろって歌舞伎に取り組んでいる、逸見(へんみ)孝泰さんと、息子の駿太さんにお話を伺いました。11月14,15日に開催される「小鹿野歌舞伎・郷土芸能祭」の舞台を控えたお二人に、歌舞伎を始めたきっかけや稽古の裏側、そして歌舞伎を通して広がる小鹿野町での暮らしや子育ての魅力についてお話をうかがいました。
伝統芸能を、日常のルーティンに。地域に浸透する小鹿野歌舞伎のファーストステップ
駿太さんが、初めて歌舞伎に触れたきっかけを教えてください。
駿太さん:小学2年生のときの夏祭りです。お父さんが『白浪五人男(しらなみごにんおとこ)』という歌舞伎に出ることになって、「一緒にやってみない?」って誘われたのがきっかけでした。人前に出ることもすごく緊張したし、「ちゃんとできるかな」って心配でした。でも、やってみたら一気に楽しくなって、化粧をしてもらったり、本格的な衣装を着たりするのも初めてだったので「こんな風にするんだ!」って知ることができて嬉しかったです。
お子さん用の衣装やカツラもあるんですか?
孝泰さん:実は、子ども専用のサイズというのは基本的にないので、大人のものを調整して使っています。子どもの身体や頭のサイズに合わせて、あて布をするんです。衣装さんやかつら専門の担当スタッフさんが、ぴったり合うように調整してくれています。ですので、決まりがあるわけではないんですけど、少し身体が大きくなってきた小学校2,3年生くらいからの参加になるケースが多いですね。体が小さすぎると合わせにくいこともありますが、出演する人も少なくなってきているので、「やりたい!」という子がいれば、なるべく挑戦させてあげようという雰囲気で地域全体が工夫して支えてくれています。
最初はお父さんから声をかけられたそうですが、どんな想いがあったのですか?
孝泰さん: 自分がもともと歌舞伎に携わっていたことで魅力を知っていたので、子どもにも経験してほしいなという想いがありました。あと、大きくなってからの出演となると、やっぱり恥ずかしさが出てきちゃうじゃないですか。だから小さいうちから自然に触れておいて、生活のルーティンみたいになればいいなと思って。我が家は「半ば強制」みたいな勢いでしたけど(笑)。でも、結果的に子どもにしっかり響いてやる気も出してくれて、親としては本当にありがたいし嬉しいですね。
孝泰さんご自身も、子どもの頃から歌舞伎に取り組まれていたのですか?
孝泰さん:いえ、生まれ育ちは小鹿野町なんですが、幼少期に住んでいたのはお祭りなどで定期的に歌舞伎をやっているわけではない地区だったので、はじめたのは大人になって結婚してからです。今の地区に引っ越してきて、お祭りに参加するなかで「出てみないか?」と声をかけてもらったのがきっかけでした。賑やかなことは嫌いじゃないので「携われるものならお世話になってみよう」と飛び込んだんです。
「親の助言はほどほどに」師匠の教えを大切にしながら深まる、家庭での会話

学校でも歌舞伎を習う機会があるのですか?
駿太さん:はい!小学校では5年生のおわりに「総合」の時間で、歌舞伎のお師匠さんが体育館に来て教えてくれる授業があります。ぼくもいま歌舞伎をがんばっているので、その体験授業をきっかけに「子ども歌舞伎」に参加してくれる友だちが増えたらいいなと思っています。
孝泰さん:中学校になると、もう少し本格的になるんです。町内の小鹿野中学校「通称:鹿中(しかちゅう)」には「鹿中歌舞伎座」という、有志の生徒で結成している歌舞伎の一座があって、授業で歌舞伎を学び、郷土芸能祭でその成果を披露しています。地域と学校が連携して、自然な形で伝統文化を学べるのは、小鹿野ならではの良い教育環境だと思いますね。
駿太さんは小学校2年生からはじめて、これまでに何回くらい歌舞伎に出演しましたか?
駿太さん:たぶん10回くらい出ていると思います。『白浪五人男』のほかにも、いろいろな演目に出ました。今は『三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)』をやるかもしれないと聞いていて、その演目ならお嬢吉三(美しい振袖姿の娘と思わせる、実は男性の盗賊)をやってみたいと思っています。

大きな役になるとセリフも増えますよね。普段の生活のなかで練習はどのようにしていますか?
孝泰さん:私も歌舞伎に携わるようになって10年近くになりますが、それほどたくさん大役を仰せつかったわけではありません。それでも、たまにセリフの多い役をいただいた時は、家でも会社でも車の中でもって感じです(笑)。練習時の音声を録音しておいて、運転中に流しながらセリフを合わせたり、職場の休憩時間にもスマホで台本の写真やメモを見ながら覚えたりしていますね。
駿太さん:学校で台本を読んでいると怒られちゃうかもしれないので、持っていかないんですけど、その代わりに頭の中に入っているセリフを思い出しながら練習するとか、そういうことはしています。
孝泰さん:ほかのご家庭でもそうだと思いますけど、やっぱり子どもはセリフを覚えるのがめちゃくちゃ早いです。子どもの記憶力と吸収力には本当に驚かされますね。私は家でも会社でも何度も読み込まないと覚えられないのに、子どもたちは毎回の稽古のなかだけで自然とセリフを叩き込んでしまうんです。親から見ても「すごいな」と感じますね。
稽古では、どのような方が指導されているのですか?
孝泰さん:「小鹿野歌舞伎保存会」から来られた師匠たちが教えてくださっています。ただ、共演する近所の方たちも経験豊富なメンバーばかりなので、過去に同じ役をやったことのある人がアドバイスしたり、お互いに教え合ったりしながら稽古を進めていますね。

駿太さんから見て、「この人はすごいな!」と感じる瞬間はありますか?
駿太さん:何年も続けている大人の人たちは、やっぱりすごいです!特に、三味線や語りを担当する「義太夫(ぎだゆう)」の音に合わせてタイミング良く演技をするのがすごく難しいので、そこをぴったり合わせているのを見ると「本当にすごいな」って思います。
親子で歌舞伎の話をすることもあるんですか?
孝泰さん:歌舞伎の話はよくしますよ。例えば、私は以前『寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)』の「朝比奈」という役を練習していたのですが、たまたま一昨年、息子が別の舞台で同じ役を演じることになったんです。その時は「こうやるといいよ」みたいな話しはよくしましたね。ただ、教えてくださるのはあくまで師匠です。親が口を出しすぎて師匠の指導とズレてしまうと良くないので、「ここはこうすると言いやすいよ」と軽くアドバイスする程度に留めています。基本は師匠の教えを第一に、です。
歌舞伎の稽古で「ここが大変だった!」というエピソードはありますか?
駿太さん:やっぱり、セリフと動き(振り)を同時にやるのがすごく大変です。「次のセリフなんだっけ?」って考えていると動きが止まっちゃうし、動きに集中するとセリフが飛んじゃうことがあります。
孝泰さん: 私もセリフの多い役をいただいた機会はあまりないのですが、大人にとっては掛け合いのセリフを覚えるのはとても大変です。自身の長い台詞をしっかり覚えなきゃいけないというのは当然として、結局、一人でやるわけではなくみんなとの掛け合いなので、自分のセリフや振りのきっかけになる共演者のセリフも、ある程度は覚えておかないといけない。だから、奥さんに台本を読んでもらって自分のセリフを言う練習もしています。セリフを覚えないと振りも付いてこないので、「まずセリフを覚えること」っていうのは、師匠方もよくおっしゃっています。
伝統を繋ぐ舞台と、世代を超えたつながりが根付く小鹿野町の日常

11月の14日,15日に開催される小鹿野町の「小鹿野町歌舞伎・郷土芸能祭」にて、お二人が演じる役どころについて教えてください。
孝泰さん:まず、私たちが親子揃って出るのは、15日(日)の『菅原伝授手習鑑 寺子屋之場(すがわらでんじゅてならいかがみ てらこやのば)』です。その幕で、私は役人の家来の捕手(とりて)役で出演させていただきます。
駿太さん:僕は『寺子屋』の場面に出てくる寺子(寺子屋で学ぶ子ども)の「ちょま(長松)」という役です。お相撲を取って動く場面が見どころになっています。
ちなみに、親子で同じ演目に出演されるのは、一人の時とは違いますか?
孝泰さん:大きくは変わらないですけど、周りからは「息子の方が筋がいいぞ」「もうすぐ抜かれるんじゃないか?」なんて言われたりして、それはそれで嬉しいですね(笑)。同じ演目に出るとなると、自然と会話も増えますし。歌舞伎のセリフって難しい日本語も多いじゃないですか。だから、言い回しや昔の言葉の意味を一緒に調べることもあるんです。ただ言うだけよりも、セリフの意味を分かって言える方が良いですし、これから続けていって「これってこういう意味だったのか」ってわかることもあると思います。ちょっとした国語の勉強にもなっていますね。
「小鹿野町歌舞伎・郷土芸能祭」で、特に注目してほしいポイントを教えてください。
駿太さん:ぼくは14日(土)の子ども歌舞伎でも『絵本太功記十段目 尼ケ崎閑居之場(えほんたいこうきじゅうだんめ あまがさきかんきょのば)』という演目で出演します。義太夫弾き語り(三味線と語り)の音に合わせて演技をするのは結構難しいポイントなので、そこをぜひ見てもらいたいです。

孝泰さん:師匠たちにはよく「ちょい役というものはないんだよ」と教えていただきます。セリフや振りが多い少ないではなく、「必要でない役はないから、与えられた役をとにかく一生懸命やるのが肝心」ということです。ですので、私は今回は小鹿野歌舞伎・郷土芸能祭で、歌舞伎も含めた小鹿野の郷土芸能を色んな方に見ていただいて、何かを感じてもらえればなと思っています。その結果、たまたま見に来ていた人が「自分もやってみたいな」と感じてもらえたら嬉しいですね。
こうした伝統芸能を身近に感じられる小鹿野町で生活されていて、「良かったな」と感じるのはどんな時ですか?
孝泰さん:そうですね、子どもにとって親以外の大人と付き合う時間って、なかなかご時世的にも減ってきているじゃないですか。そこへ行くと、小鹿野町で歌舞伎に携わるということは、自分のおじいちゃんより年上の人と触れ合うこともありますし、直接指導してもらえたり、時には本気で注意されることもある。こういう「親と学校以外のコミュニティ」が地域のなかに広がっている環境は、子どもの成長にとっても本当に素晴らしいことだなと感じています。
ありがとうございました。
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